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ラブレター その④

 少年に字を教えるのは楽しかった。いつもは教えられてばかりだったから、人にものを教えることが、こんなに楽しいものだとは知らなかった。

 勉強が一段落して、カリンは少年を質問攻めにしていた。


〝前に仕事をしているって書いてたよね? どんな仕事をしているの?〟

〝商人の手伝いさ。よくカステア王国のタキール広場で、商品を売ってるよ。〟


 少年の返事に、カリンは目を丸くする。

 タキール広場は、王宮を出てすぐ近くにある広場だ。身の安全を考慮して、王女のカリンに外出の許可は与えられていないが、もし王宮の外へ出られれば、少年と会えるかもしれない。


〝あなたはどんな見た目をしているの? 髪の色は? 目の色は?〟

〝金髪で目は青色だけど、それがどうしたの?〟


 人種のるつぼと評されるカステア王国だが、金髪で青い目の人種は珍しい。ますます少年に興味の湧いてきたカリンは、是が非でも少年に会いたくなった。

 二人だけでやりとりしていたため、今まで名前は必要なかった。だが、少年を探すとなれば、名前を知っておいたほうがいいだろう。よし、次は名前を聞いてみるか。


 少年とのやりとりに夢中になるあまり、母がドアを開けて部屋に入って来たことに、カリンは気づいていなかった。


「カリン?」


 背後から聞こえた声に、カリンは背筋を仰け反らせる。ノートを閉じて、慌てて後ろを振り向いた。母が不思議そうな顔で、こちらを見ている。


「なにをしてたの?」


 カリンは立ち上がり、ノートを背中に隠した。


「べつになにもしてないよ。勉強してただけ」


 本当に勉強をしていたのなら、わざわざノートを隠す必要なんてない。それなのにカリンは慌ててノートを隠した。その動作は、さすがに怪しすぎた。

 おまけに隠したノートを、一瞬だが母に見られてしまったらしい。


「そのノートは、おばあちゃんがあなたに勉強用としてあげたノートでしょ? そのノートに、なにを書いてたの?」


 母は疑い深そうに目を細めた。


「数式だよ。算数の勉強をしてたの」

「嘘おっしゃい。どうせ、お絵描きでもしてたんでしょ」


 お絵描きなんかしていない。していたのは交換日記だ。このノートは魔法のノートで、このノートに書いたことは、別の場所にあるもう一つのノートにも書かれる。

 もちろん、そんなことは言えなかった。そんな荒唐無稽な話を、母が信じてくれるわけがない。カリンの頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。


「お絵描きなんかしてないって! ねぇ、勉強の邪魔だから出て行ってよ!」


 カリンの頑固な性格は母親譲りだ。カリンと同じくらい頑固な母が、簡単に引き下がるわけがなかった。


「なんでそんな必死になって隠すのよ? 本当に勉強をしてたのなら、お母さんにノートを見せられるでしょ? ほら見せなさい」

「来ないでぇ!」

「こら、待ちなさい!」


 カリンはノートを胸に抱きしめると、母から逃げだした。

 カリンの部屋は広いが、出口は一つしかない。そして、その出口は母の背後にあった。逃げ場のないカリンは、すぐに部屋の隅へ追い詰められる。


 こうなったら最終手段だ。ノートに書いたことを、母に見られないように、ページをちぎって食べてやる。

 カリンは母に背を向けると、ノートを開いた。それから、少年とやりとりしていたページを鷲掴みにすると、一思いにページを引っ張った。


 ページは根元からビリビリと音を立てて破れる。ページがノートから分離した瞬間、破れたページは光の粒となって消えた。

 不思議な現象に唖然としていると、いつの間にか背後に母が立っていた。母はカリンからノートを取りあげると、ノートを持つ手を高く上げる。


「ちょっと返してよ!」


 カリンがジャンプしても、まだ背の低いカリンではノートに手が届かない。そんなカリンを目の端で捉えつつ、母は悠々とノートを開いた。


「さてさて、なにが描いてあるのか楽しみね」

「見ないでぇ!」

「このノートに書いたことは、もう一つのノートにも書かれる。もう一つのノートに書いたことは、このノートにも書かれる」


 ノートの表紙の裏に書かれたルールを、母が読み上げていく。その間もカリンは、ノートを取り返そうとジャンプするのだが、やはり手が届かない。

 ルールを読み終えた母は、カリンをジロリと見下ろした。


「なにこれ? どういう意味?」

「わかんない。最初から書いてあったの。ねぇ、私がお絵描きをしていないことは、わかったでしょ? はやくノートを返して!」

「ふーん」


 母は真っ白なノートを、じっくりと観察している。

 カリンの全身から汗が噴きだした。


〝ルール1。ノートに書いたことを、ノートの持ち主以外の人間に見られると、ノートは消滅する。〟


 もし今、少年がなにかノートに書けば、ノートに書いたことを、ノートの持ち主以外に見られたことになる。そうなれば、ノートは消滅してしまうだろう。


(お願いだから、今はなにも書かないで!)


 カリンが破いたページは、光の粒となって消滅した。同様の現象は、少年の持つノートでも起こったに違いない。その現象に少年は驚いているのか、母の見ている前で、少年がノートに書きこみを行うことはなかった。

 ノートを入念に検査した母は、ノートの破られた形跡を指差した。


「この破った痕は、なに? 破ったページは、どこに隠したの?」

「さぁね? 探してみれば?」

「言われなくても探すわよ」


 母はノートを閉じると、カリンの体を探った。破ったページは光の粒となり消えたのだから、当然見つからない。カリンの全身をくまなく調べて、ようやく母はあきらめた。

 これでやっとノートを返してもらえる。ほっと一息つくカリンであったが、人生はそう甘くはなかった。


「このノートは預からせてもらうから」

「なんでそうなるのよ! それは私のノートなんだから返してよ!」


 金切り声で叫ぶカリンを、母は冷静な声で諭す。


「このノートは未来の人が作ったって言われてるぐらい、凄い技術で作られてるのよ? そのノートを破るなんて……。このノートの価値がわかるようになるまで、お母さんが預かせてもらいます」

「そのノートの価値なら、ママより私のほうがわかってるわよ!」


 そのノートは世界に二つしかない魔法のノートだ。ノートを使ったカリンは、その価値をよく知っている。


「まったく。おばあちゃんはカリンを甘やかしすぎなのよ。子供にこんな貴重なノートをプレゼントするなんて」


 聞く耳を持たない母は、ノートを持って、さっさと行ってしまった。


「そんなぁ」


 さすがのカリンも母には敵わなかった。

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