遺書 その①
「ありがとうございました」
アイスは購入したノートを手に、大学の敷地内にあるコンビニを出た。このノートが殺人鬼の手記になるだなんて、あのコンビニ店員は夢にも思っていまい。
私は後世に語り継がれる殺人鬼になる。なんといっても私には、呪われた村の血が流れている。いわば私は、殺人鬼のサラブレッドなのだ。この手記を歴史に刻むためにも、まずはその点について、記す必要があるだろう。
どのようにして呪われた村ができたのかを考えると、アイスの口元は邪悪に歪んだ。悪魔がいるのなら、それは間違いなく人の心の中にいる。呪われた村の歴史が、それを証明していた。
前から歩いてくる学生が、アイスの不気味な笑顔を見て、表情を強張らせる。学生はアイスを避けるようにして大きく迂回した。
アイスの残虐な血が騒ぐ。そそる表情だった。彼の苦痛に歪んだ顔を、ぜひ見たい。
だが我慢しなければならなかった。この世界はアイスにとって、ひどく生きにくい。いや、殺しにくいと表現すべきか。
また捕まれば、今度は何年ブタ箱にぶちこまれるだろう? 考えただけでゾッとした。
今から5年前、アイスが14歳のときに、アイスは人を殺した。
体が十分に成長して、人を殺すのに十分な体を手に入れた。だから、人を殺したくなった。それはアイスにとって、自転車を手に入れたら、隣町に自転車で行きたくなるのと同じぐらい普通の欲求だった。
不意に湧いてきた衝動は、日に日に大きくなった。
アイスも馬鹿ではない。欲望のままに人を殺めれば、罪になることはわかっている。そこでアイスは、正当防衛という名目で、人を殺すことにした。正当防衛ならば、罪に問われない。
獲物をおびき寄せる方法は簡単だ。しかるべき時間に、しかるべき場所を、しかるべき格好で歩く。そうすれば、女に飢えた浮浪者同然の男は、見目麗しいアイスを襲って来るだろう。
狩りをする日、アイスは鼻歌を歌いながら家を出た。頭の中で、殺し方を何度も復習する。
男に襲われる。買っておいたナイフで男を刺す。冷たくなった男の手に、ナイフを握らせて、男の指紋をナイフにつける。
警察に事情聴取された際には、目に涙をいっぱいに溜めて、こう答えればいい。
「男にナイフで脅されて、襲われそうになったんです。男が油断したときに、男の手からナイフを奪って、反撃しました。殺すつもりなんて、なかったんです。信じてください!」
これで正当防衛になり、私は逮捕されない。アガサ・クリスティーもビックリの完璧な殺人計画。
ところが計算違いがあった。
あなたは、お腹がペコペコです。美味しい食べ物を一口食べました。一口だけで我慢できますか?
誰だって答えはノーのはずだ。もちろんアイスもノーだった。
一刺し、二刺し、三刺し……この時点で、男は虫の息だった。それでもナイフで刺すのをやめなかったのは、楽しかったからだ。
ナイフで人の肉を切る感触。ナイフの切っ先が、硬い骨に当たる感触。そしてなんといっても、恐怖と苦痛で歪む男の顔。思いだすだけで、恍惚の吐息が漏れる。
アイスは男をナイフで刺しながら、男が死なないことを願った。死なれたら、男の表情を楽しめなくなる。
しかし、アイスの願いは届かずに、男はあの世へ旅立ってしまった。
ショックを与えれば、息を吹き返すかもしれない。蘇生するように願いをこめて、アイスは男をナイフで刺した。もちろん、それで蘇生するわけがない。けっきょくアイスは、警察に拘束されるまで、男を刺し続けた。
正当防衛を主張するには、いささか刺し過ぎたようだ。眠くなるような退屈で長い裁判を経て、アイスには過剰防衛が言い渡される。砂埃を上げて走る護送車に揺られて、辺鄙な地にある女子少年院に送られた。
自由を奪われるのは嫌だったが、少しだけ期待もしていた。少年院に行けば、自分と同じ種類の人間に会えるかもしれない。
しかし、そんな期待は、あっさりと裏切られる。少年院にいたのは、盗みや薬で捕まったチンケな小悪党ばかりだ。中にはアイスと同じ殺人を犯した者もいたが、強盗だったり、怨恨だったりと、殺人そのものが目的ではなかった。けっきょく、ここでもアイスは一人だった。
退屈な少年院で正気を保つためには、なにか楽しみが必要だ。アイスの場合、もっぱら妄想をして、有り余る時間を潰した。
アイスぐらいの年頃の娘ならば、甘い恋でも夢見るのが普通だろう。だが、アイスが好んでした妄想は、人を殺す妄想だった。
少年院を出たら、また人を殺そう。殺す相手は、因縁のある相手がいい。そのほうが殺したときの感動は、より大きくなる。
アイスと同じ呪われた村の血が流れているのに、アイスとは真逆の人生を歩いている人間がいた。その中でも、もっとも目立つ存在であるウールという名の女を、アイスは最初の標的に選んだ。アイスより二つ年上のウールは、すでに女優として第一線で活躍している。目障りこの上ない存在だった。
人気者のウールの情報は、刑務所のテレビから簡単に手に入った。ウールと同じ大学に進学するため、アイスは檻の中で猛勉強を開始する。
刑務所で受験勉強を始め、出所後すぐに受験をして、難関大学の合格を勝ちとったアイスは、受刑者のお手本にされた。
この扱いが、アイスは不服だった。お手本にして欲しいところは、そこではない。
これから自作の爆弾で、ウールを吹っ飛ばす。お手本にするのなら、ぜひそちらをお手本にして欲しい。
自宅のアパートに帰ったアイスは、コンビニで買ったノートを開いた。すると、ノートの表紙の裏に、妙なルールが書かれてある。
〝このノートに書いたことは、もう一つのノートにも書かれる。もう一つのノートに書いたことは、このノートにも書かれる。
このノートにはルールがある。
ルール1。ノートに書いたことを、ノートの持ち主以外の人間に見られると、ノートは消滅する。
ルール2。ノートの持ち主が死ぬと、ノートは消滅する。〟
アイスは舌打ちをした。
A4サイズのノートなら、なんでもよかった。だから、簡単に中身を確認して、ノートをレジに持っていったのだが、変なノートを買ってしまったらしい。
アニメや漫画に出てくる不思議なノートを模倣しているのだろうか?
アイスがサンタクロースを信じていた年齢ならば、このノートの不思議なルールを信じたかもしれない。だが今のアイスは、19歳の大学生だ。こんなルールを信じるほど、子供ではない。
ノートをパラパラとめくってみるが、他におかしなところはなかった。ノートの表紙の裏にある変なルールを除けば、ごく普通のノートだ。
(ちゃんとノートとして使えるようだし、わざわざ返品する必要はないか)
アイスはペンを握ると、タイトルを書いた。
〝サイパス村の呪われた血と、その血を受け継ぐ者〟
これから行う殺人について思いを馳せると、興奮で鳥肌が立った。




