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モデル その⑪

 五夜が学校を休んでいたため、イジメる相手がいなくて、郷田は退屈していたようだ。放課後になるなり、郷田が絡んできた。


「喉が渇いたから、飲み物を買いに行くぞ」


 断れば、いつものように郷田は五夜の肩を殴るだろう。内心うんざりしながらも、五夜は郷田の後をついていく。

 廊下で美術部の先生と鉢合わせた。先生に介入されれば、事態がややこしくなる。五夜は先生から視線を逸らすと、足早に先生の隣をすり抜けた。


 なにか言いたそうな先生を廊下に残して、五夜たちがたどり着いたのは、中庭に設置された自販機の前だ。五夜がリュックサックから財布を取りだすと、郷田の目の色が変わる。


「俺さ、今月ピンチなんだよね。ちょっと金を貸してくれない?」


 郷田に金を貸せば、その金は戻ってこないだろう。ジュース一本ぐらいならいいか。そんな軽い気持ちで、安易に金を貸してはいけない。これを許せば、じょじょに多額の金を要求される危険があった。


「ごめん。お金は貸せないよ」


 郷田は周りを見回して、近くに人がいないことを確かめる。今が好機と見ると、五夜の手から財布を奪いとった。


「友達のピンチを助けないなんて、お前らしくないぞ」


 昨日、父からもらった千円札を、郷田は財布から抜きとった。

 ここで言わなければ、ますます郷田は増長する。なけなしの勇気を振り絞り、五夜は震える声で抗議した。


「それは父さんが僕にくれたお金なんだ。返してよ」

「お前の親父が?」


 土で汚れた千円札を、郷田は顔の前まで持ち上げて、ヒラヒラと振る。


「汚ねぇ千円札だな。どうせ大して金にもならない肉体労働でもしてるんだろ」


 郷田の無神経な言葉は、五夜の理性のタガを外した。

 五夜を守るために、父は一日も休まず働いていた。それをバカにするなんて許せない。


「父さんをバカにするな!」


 郷田の手から、五夜は千円札を奪い返した。いつもは大人しい五夜の豹変ぶりに、唖然としていた郷田であったが、みるみるうちに顔が紅潮する。


「持根のくせに、生意気なんだよ!」


 なんのためらいもなく郷田は、五夜の鳩尾を殴った。肺の空気が体外へ押しだされ、腹を抱えて五夜は崩れ落ちる。激痛で悶え苦しむ五夜を、郷田は繰り返し蹴った。


「おら、金を寄越せ! そしたら許してやるぞ!」


 それでも五夜は、固く握った拳を開かない。この手の中にある千円札は、父が五夜にくれたものだ。この千円札を渡すことは、心を渡すことに等しい。


「弱いくせに、みょうな意地を張ってんじゃねぇ!」


 それは逆だ。弱いからこそ意地を張る。それだけが理不尽な暴力に対抗する、たった一つの手段だった。


 強情な五夜に業を煮やした郷田は、足を高く上げた。手を踏まれると思い、五夜は瞼を固く閉じる。

 しかし、五夜の手が踏まれることはなかった。美術の先生が、郷田を両手で突き飛ばしたからだ。


「なにをしてるんだ! 君は自分がしたことが、わかっているのか⁉」


 五夜をいたぶるのに夢中になっていた郷田は、近づいてくる先生に気づかなかった。騒ぎを聞きつけて、人が集まってきており、郷田の顔から血の気が引く。


 五夜は握りしめていた手を開き、シワシワになった千円札を見つめた。

 これだけ大騒ぎになったのだ。五夜が郷田にイジメられていたことは、家族にもバレてしまうだろう。しかし、気持ちはスッキリしていた。暴力に屈せず、大事なものを守ることができたからだ。


 ようやく描きたいものが見つかった。次のコンクールには、父の絵を描いて応募しよう。

 親子ものの感動的な話を書こうとして、できたのがこのモデルだ。

 主人公は男子高校生であり、私は男子高校生を主人公に起用することが多い。

 しかし、その性格はいつも書く主人公の性格とは、かけ離れている。


 紗奈ドルを書いていたときは、キャラクターを書くのが楽しかった。それはきっと、自分の好きなキャラクターを書いていたからだ。

 今思えば、まずキャラクターがあり、そのキャラクターにあわせて、ストーリーを作っていたように思う。


 しかし、この小説の作り方は、その逆だ。まずストーリーを作り、そのストーリーにあうキャラクターを考えた。

 五夜の性格が好きかと問われれば、答えは否なのだが、いい経験になったとは思う。

 いつも書くキャラクターとは違うキャラクターを書くことにより、作品の幅が広がった気がするからだ。

 たまに短編集を書くのも、悪くないかもしれない。

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