モデル その⑧
マトマを断ってから、すでに一週間あまりが経過していた。それに伴い、禁断症状と思われる症状が現れていた。
もともと痩せ気味の五夜であったが、食欲がなくなり、さらに体重は減少していた。しかし、なぜかマトマだけは食べたくなる。それが不気味だった。
眠気はあっても、なかなか眠りにつけず、なんとか眠りについたところで、浅い眠りはすぐに覚めてしまう。
夢で見るのは、決まってマトマの夢だ。夢の中では、いくらでもマトマを食べられた。目が覚めたとき、マトマを食べていないことに安心すると同時に、無性にマトマを食べたくなる。
最近では、現実と夢の境界線が薄くなりつつあった。目についた青いものすべてが、マトマに見えてくる。熱っぽいため息を吐くと、五夜は気だるい体を起こした。部屋にある青いものを、クローゼットの中に押しこんで、視界に入らないようにする。
もちろん、こんな状態で学校に通えるわけがない。風邪をひいたと嘘をついて、学校は休んでいた。
そんな五夜を心配して、部屋の外から祖母が声をかけてくる。
「ゴーくん、熱は下がったの? お婆ちゃんとお爺ちゃんは、これから病院に行くんだけど、よかったらゴーくんも一緒に行かない?」
「行かない」
躊躇するような間が空いたが、祖母は五夜の気持ちを尊重した。
「食欲がなくても、マトマぐらいは食べられるでしょ? 机の上にあるから食べなさい。もしなにかあったら、すぐに電話するのよ。それから――」
「わかったから、早く病院に行ったら? 予約時間に、間に合わなくなるよ?」
放っておいたら、いつまでも喋りそうな祖母の声に、自分の声を被せて、祖母を黙らせた。
やたらと祖母は、五夜にマトマを食べさせたがる。祖母も父と結託して、僕を殺そうとしているに違いない。
「じゃあ、行ってくるわね。お留守番、頼んだわよ」
祖父母が家を出ていったのを、玄関のドアの締まる音で確認する。今、家には誰もいない。父の秘密を探る絶好のチャンスだ。
この機を逃すまいと自室を出た五夜だったが、ダイニングの机の上にあるマトマに、視線が吸いこまれた。目はマトマに釘付けで、他のものが目に入らない。欲望に抗えず、マトマを掴んでしまった。
これを食べたら、僕は母と同じように、精神が壊れて自殺してしまう。そうなれば父の思うつぼだ。その思いだけが、どうにか五夜を踏みとどまらせていた。
不意にマトマの中心がパックリと割れて、青い果肉が露となる。割れ目から、蛇のような細長い舌が出てきた。マトマは五夜に甘い吐息を吹きかける。
「僕を食べて。そうすれば楽になるよ?」
合成音のように不自然なマトマの声は、五夜の頭に直接響いた。果物が話しかけるという、あり得ない現象が起こっていたが、それに疑問を覚えることはなかった。五夜が疑問に感じたのは、マトマの発言内容だ。
「楽になるって、どういう意味だ? 僕が死ぬって意味じゃないよな?」
「死は救いだよ。死ねば、もう郷田にイジメられなくてすむ。ほら、早く僕を食べて楽になりなよ」
この果物を食べると、精神がおかしくなってしまう。この果物を食べてはいけない。
五夜はマトマを壁に投げつけた。青い果肉が白い壁にベッタリと張りついて、ズルズルと壁を滑り落ちる。うるさいマトマの声は聞こえなくなった。
グズグズしてないで、父の秘密を探ろう。
躊躇うことなく、五夜は父の部屋へ無断で侵入した。
睡眠をとるためだけに使われている父の部屋は、異様に物が少なかった。整理整頓された部屋の中で、机の上だけが散らかっている。まだ読んでいない郵便物の山から、今月の電気料金を知らせるハガキを手にとった。
そのハガキが五夜には、保険会社から届いたハガキに見えた。喋るマトマのときと同様、それは幻視だった。
圧着ハガキを開けば、中面には電気の契約について記載されている。しかし、これもまた五夜の頭の中で、別の文字へと変換される。
被保険者の氏名には五夜の名前が、保険金の受取人の氏名には父の名前が、それぞれ書かれていた。
(父さんは僕にマトマを食べさせて、僕を自殺させようとしてる。その目的は保険金だったのか)
父は貧乏そうな連中にマトマを売っていた。きっとこれにも、なにか裏があるに違いない。
五夜はそれを調べるために、机の上の書類を漁った。すると、マトマを購入した人から、感謝の手紙が届いていた。その手紙の内容は、五夜の頭の中で書き換えられる。
〝あなたが売ってくださったマトマのおかげで、娘は自殺しました。保険金が手に入りましたので、約束通り報酬として、保険金の10%を、あなたの口座へ振りこみました。ご確認ください。〟
自分の家族だけでは飽き足らず、他人の保険金殺人にも加担していたとは。これが父の裏の顔か。恐ろしい商売に、背筋が凍った。
さらなる秘密を暴きたかったが、タイミングの悪いことに、父の車の音が聞こえた。普段なら農場にいる時間なのに、どうして帰ってきたのだろう? もしかして父の部屋には、防犯センサーでも設置されているのだろうか?
だとしたら、まずいことになった。父の秘密を知ったことがバレたら、父は五夜を生かしてはおかないだろう。
五夜は急いで自分の部屋へ戻ると、家具をドアの後ろへ移動させた。これで父は部屋に入ってこられないはずだ。




