モデル その⑤
五夜は美術室で絵を描きながら、美術部の先生が来るのを待っていた。すると珍しいことに、他の美術部員が五夜に話しかけてきた。
「持根くん、これなんて書いてあるかわかる?」
顔にスマホの画面を近づけられる。画面に映っていたのは、一見すると、ただの青空のように見えた。だが、よく見れば、一部に加工の跡がある。そこだけ他とは色彩が異なり、4桁の数字が浮かび上がって見えた。
「1617」
五夜が数字を読みあげると、美術部員の女子たちは歓声を上げた。
「すごい! 持根くんには見えるんだ! やっぱり私たちとは色彩感覚が違うんだね」
さっきの画像は、色彩感覚のテストだったらしい。あんなにハッキリと見える数字が、他の人には見えないのか。見える五夜には、見えないほうが不思議だった。
女子たちは五夜を褒めているが、仲間内で話しており、もう五夜に話しかけて来る気配はない。絵を描く作業に戻っていいのか迷っていると、女子たちはべつの美術部員に狙いを定めて、そちらへ行ってしまった。そして、べつの美術部員にも、先ほど五夜にしたテストを試している。
彼女たちの顔を見ていると、とても楽しそうで、少し羨ましくなった。特別な感覚を持っているからこそ、他人と感覚があわない。友達ができない原因は、そこにあるのかもしれなかった。
女子たちの姦しい声に隠れて、五夜がひっそりとため息をこぼすと、耳ざとくそれを聞いていた者がいた。
「ため息なんか漏らして、どうしたんだい? なにか悩みでもあるのかな?」
視線を上げると、そこには美術部の顧問の顔があった。
父のこと、郷田のこと、友達ができないこと……悩みごとなら両手に抱えきれないほどある。だが、先生に相談したいとは思わない。
「べつに悩みなんてありませんよ」
強がる五夜に、先生は目を細める。
「持根くんは郷田くんと仲がいいの?」
最近とみに大きくなっている悩みといえば、やはり郷田だろう。なぜか先生は、それを知っているようだ。先生が探りを入れてきたように、五夜も探りを入れてみる。
「クラスメートだから、たまに話はしますけど、仲はよくないですよ。いきなりなんですか?」
「じつは校門の前にある駄菓子屋で、持根くんと郷田くんが一緒にいるところを、うちの美術部員が見たそうなんだ」
五夜が他の美術部員に目を向けると、露骨に目を逸らされた。いったい誰が話したのだろう? 余計なことをしやがって。
「郷田くんは、あまり素行がよくないみたいだね。もし郷田くんのことで、なにか困っていることがあるのなら、先生がいつでも相談に乗るよ」
先生は真摯な瞳で、五夜を見つめている。先生に相談すれば、間違いなく大事になるだろう。郷田と縁を切れたとしても、その代償が大きすぎる。
「困ってることなんて、ありませんよ。それより先生、この絵を見てくれませんか?」
五夜はスケッチブックを先生に見せた。スケッチブックには、亡くなった画家の描いたマトマが模写されている。スケッチブックを見た先生は、感心したように唸った。
「また腕を上げたみたいだね」
五夜は唇を噛んだ。先生はこの絵が模写だと気づいていない。記憶の中にある絵を、上手く模写できたと思ったのだが、気づかぬうちに自分の画風で描いてしまったらしい。
儚い希望ではあるが、いちおう尋ねてみる。
「この絵は、僕が昔どこかで見た絵を、模写したものなんです。こんな絵を描く画家を知りませんか?」
「悪いけど、見覚えがないな。模写にしては、持根くんの画風が強く出過ぎているよ」
「そうですか」
五夜はうなだれる。画家が見つからなかったばかりか、模写が下手だと説教までされてしまった。踏んだり蹴ったりとは、まさにこのことだ。
落胆した五夜は、スケッチブックを閉じようとした。
「ちょっと待って。持根くんの描く絵と、似た絵を描く画家がいたんだ」
先生はスケッチブックを食い入るように見つめている。そういえば、以前にも似たようなことを、先生は口にしていた。
「そうだ。流乃だ」
なにか思いだしたようで、先生はスマホを操作すると、スマホの画面を五夜に見せた。
「これが流乃の描いた絵だよ。もしかしたら持根くんは、幼い頃に見た流乃の絵の影響を、無意識のうちに受けていたのかもしれないね」
スマホの画面には、五夜の描く絵と、似た画風の絵が映っている。ただし、その技術は五夜よりも遥かに洗練されていた。五夜が順当に成長を続ければ、いつかは流乃の域に達するかもしれない。
「もうすぐ流乃の絵画展が開かれるみたいだよ。興味があるのなら、行ってみたらどうだい?」
先生が画面をスクロールさせる。絵画展のタイトルを見た五夜は目を瞬いた。
「没後15年?」
そこには〝流乃、没後15年記念絵画展〟と書かれていた。




