ラブレター その③
いつもは教師と目を合わせようともしないカリンが、今日は真面目に勉強に取り組んでいる。いつもとは180度違うカリンの態度に、教師は戸惑っているようだった。
その日の授業が終わったあとで、カリンは気になっていたことを教師に尋ねてみた。
「ねぇ、先生。世の中には、勉強したくても勉強できない子供もいるの?」
おやっと教師は眉を上げて、カリンの顔を不思議そうに見る。カリンの視線は真っすぐで、その瞳はいつになく真剣だ。
適当に答えてはいけないと思ったのか、教師は姿勢を正して、咳払いをした。
「残念ながら、そういった子供は存在します。貧困層には、子供に勉強を受けさせる経済力がありません。彼らは生きていくだけで精一杯なのです」
「どうして、その人たちは貧乏なの?」
「教育を受けていないからですよ。教育を受けていないから、単純な肉体労働しかできず、安い給料で働くことになります。そして、その子供も、親と同じ運命を辿るのです」
昨晩からカリンは、少年に字を教えているが、少年は吸い込むように字を覚えていた。
少年のやる気が凄まじいのもあるが、それだけが理由とは思えない。おそらく頭がいいから、飲みこみが早いのだろう。
教育を受ける機会さえあれば、きっと少年は大成する。少年にはどうすることもできない事情で、少年の未来が閉ざされるのは、あまりにも理不尽な気がした。
「それって、おかしくない? 貧しい人にも教育をすべきなんじゃないかな? 生まれに左右されず、チャンスはみんなに平等であるべきだと思うけど」
権力者たちは、自分の築き上げた地位を守るために、這い上がって来る者を蹴落とそうとする。貧しい者からどれだけ搾取できるのかが大事で、貧しい者を救おうなんて、普通は考えない。
それなのに、一番の権力者であるはずのカリンが、それとは真逆の考えを示した。ごく一部の非常に優秀な学者が、カリンと同じ意見を学会で発表している。
まさかカリンが、彼らと同じ意見を述べるとは思っていなかったようで、教師は目を瞬いた。
「どうしたの? 私、なにか変なことを言った?」
「いえ、その逆です。カリン様は今、とても正しいことを言われました」
「正しいんだったら、なんでそうしないの?」
そこに疑問を抱くのは、カリンの心が汚れていないからだ。多くの人は、他人よりも自分を優先する。それは教師とて同じだ。
教師は居心地が悪そうに頬をかくと、カリンに真理を説いた。
「貧しい者がいることで、得をする人間がいるからです。みな他人よりも、自分が大事なのでしょう」
「私はそんな世の中は嫌だよ。ねぇ、どうすれば変えられるの?」
カリンは教師に熱い視線を送る。
女王になりたくない理由なら100個でも言えたが、女王になってやりたいことなど一つもなかった。そんなカリンに変化が起きていた。
少年のように、貧しさに苦しむ子供を減らしたい。みんなが笑って生きられるような世の中を作りたい。
その熱意は教師にも伝わったようで、教師はカリンの覚悟を試した。
「貧しい者を援助する制度を作る必要がありますが、簡単ではありません。貧しい者を利用している人々からは、強い反発を受けるでしょう」
カリンは唇の端を吊り上げる。犬歯を剥きだしにして笑う顔は、聖人とは程遠い。しかし、反発など物ともしない逞しさにあふれていた。
(上等だ。反発してくるヤツは、みんな私が蹴散らしてやる!)
「それがなに? 私はそんなのちっとも怖くないから」
カリンの返答に満足した教師は、ふっと相好を崩す。
「それは頼もしいですね。しかし、まずは基礎的な知識を身につけなければ、改革などできません。険しい道になりますが、挑戦いたしますか?」
「もちろん!」
その日を境に、カリンは人が変わったように勉強に打ちこむようになった。




