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モデル その③

 美術部が休みの日は憂鬱だった。なぜなら、部活のない日を狙って、五夜をイジメるクラスメートがいたからだ。


 クラスメートの郷田に誘われて、五夜は校門の近くにある駄菓子屋へ来ていた。駄菓子屋の前にはベンチが置かれてあり、そこで駄菓子を食べることができる。

 五夜と郷田は、そのベンチに並んで腰掛けた。今日の郷田は、やけに大人しい。こういうときの郷田は、決まってなにかを企んでいる。案の定、いざ食べるときになって、郷田がしかけてきた。


「俺さ、教室に忘れ物をしちゃったんだよね。俺の代わりに忘れ物を取ってきてくれないか?」

「僕が?」


 五夜が気の進まない返事をすると、郷田の瞳に危険な光が宿った。


「体育の時間に足首を捻って、歩くと足が痛むんだよ。まさかケガをした俺に、忘れ物を取りに行けなんて、優しい持根は言わないよな?」


 ここは大人しく従ったほうがよさそうだ。断れば、お決まりの肩パンが待っている。肩パンとは、肩を殴る行為のことで、郷田はなにかと理由をつけては、五夜に肩パンをしていた。


「わかった。取ってくる」


 郷田はニヤリとほくそ笑むと、五夜に向かって手の平を見せる。


「持根の駄菓子は、俺が預かっといてやるよ」


 口元を歪めて笑う郷田を見て、郷田がなにを企んでいるのか察した。五夜が忘れ物を取りに行っている間に、五夜の駄菓子を食べるつもりなのだ。

 ここに来るまでの間、郷田は足を引きずるような仕草を見せていた。五夜の駄菓子を食べるために、そんな猿芝居までするとは、まったくご苦労なことだ。


 五夜は駄菓子が好きではない。駄菓子屋にだって、郷田に半ば強制的に誘われなければ、来ることもなかった。購入した駄菓子も総額で百円ほどと、失っても惜しくない金額だ。

 それでも郷田の思い通りに話が進むのは気に食わなかった。五夜が郷田に駄菓子を預けるのを躊躇していると、郷田は疑うように目を細めた。


「預かってやるって言ってるだろ。俺の親切を断るつもりなのか?」


 忘れ物を取りに行かせようとしているくせに、その口で親切なんて、よく言えたものだ。しかし、大人しく従わないと、殴られるのは目に見えている。

 五夜はため息を飲みこむと、郷田に駄菓子を預けた。とにかく急いで郷田の忘れ物を取ってこよう。そうすれば、それほど食べられずにすむかもしれない。


「忘れ物は、俺の机の上にあるからな」


 五夜は走って、郷田の忘れ物を取りに向かった。

 衣替えの季節も過ぎて、気温はぐんぐん上昇している。初夏の気候の中で走れば、すぐに肌は汗ばんできた。額を汗で光らせた五夜が教室に着くと、教室には誰もいない。


 五夜は呼吸を整えながら、郷田の机に歩み寄る。机の上にはノートが二冊あった。

 これが郷田の忘れ物か。ノートを手にとった五夜は、窓際に寄って、駄菓子屋を見下す。

 予想通り、郷田は五夜の駄菓子を食べていた。人目もはばからず駄菓子の袋をポイ捨てにしており、下校途中の生徒の目を引いている。


 それを郷田は目ざとく見つけて、なにか怒鳴った。ここからでは距離が離れていて、郷田の声は聞こえない。だが、国語辞典にも載っていないような汚い言葉を使ったに違いない。怒鳴られた生徒は、怯えて逃げていく。まったく迷惑な男だった。


 早く戻らないと、郷田に駄菓子をすべて食べられてしまう。五夜は疲れた体に鞭を打ち、再び走りだした。


 五夜が駄菓子屋に戻ると、郷田は待ちくたびれた顔で、五夜を待っていた。預けたはずの駄菓子が、郷田の手から消えている。五夜が辺りを見回すと、カサカサと乾いた音を立てて、駄菓子の包装がアスファルトの上を転がっていった。


「遅いぞ。持根が俺の忘れ物を取りに行っている間に、駄菓子の賞味期限が切れたから、俺が代わりに食べてやったからな」

「賞味期限が切れたって、今日買ったばかりだろ」

「細かいことは気にすんなって。それより、そのノートはなんだ?」


 五夜の手には二冊のノートがある。そのうちの一冊を、郷田は指さした。

 郷田が強引に話題を変えようとしているのは見え透いていた。しかし、言い争って郷田の機嫌を損ねれば、不利益を被るのは五夜のほうだ。納得できない気持ちはあったが、駄菓子の件は水に流すことにした。


「このノートも忘れ物だろ? 郷田くんの机の上にあったよ」


 五夜の手から、郷田はノートを一冊だけ奪いとった。


「俺のノートはこれだけだ。俺をからかうとは、いい度胸をしてるな」


 郷田はのそりとベンチから立ちあがると、拳を握った。五夜は反射的に体を強張らせる。いつもの衝撃が肩にきた。青アザになったところを殴られて、痛みは骨の芯にまで響く。


「また俺をおちょくったら、次は肩パンじゃすまないからな」


 捨て台詞を吐いて、郷田は行ってしまった。足首を捻ったと言っていたが、郷田は元気に歩いている。怒りのあまり、自分が言ったことも忘れてしまったらしい。


「だいじょうぶ? 学校の先生に相談したほうがいいんじゃない?」


 駄菓子屋の女店主が、五夜を心配そうに見ていた。どうやら郷田に殴られたところを、目撃されてしまったようだ。

 学校の先生に相談すれば、郷田にイジメられていることが、父や祖父母にもバレてしまう。それだけは避けたかった。

 五夜は女店主に、笑顔を返す。


「だいじょうぶです。あんなのただの遊びですから」


 五夜はリュックサックに持ち主不明のノートをしまうと、女店主の追及を逃れるために、急いで駄菓子屋を後にした。

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