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モデル その②

 ベッドに仰向けになり、天井を見上げながら、五夜は遠い過去に思いを馳せていた。それはまだ五夜が、保育園に通っていたときのことだ。


 夕方になると、母親が子供を迎えに保育園へやってくる。母親に手を引かれて、今日のできごとを楽しそうに話している同級生の後ろ姿を、五夜は羨望の眼差しで眺めていた。

 五夜が1歳のときに、母は交通事故でこの世を去っている。仕事で忙しい父に代わり、保育園の送り迎えをしているのは祖母だった。


「どうして僕には、お母さんがいないの? お母さんが迎えに来てくれないんだったら、僕は帰らないから!」


 迎えに来た祖母に、そんな生意気を言って困らせたことがある。保育士になだめられて、渋々帰路に着いたが、父に不満をぶつけなければ気がすまない。睡魔と戦いながら、帰りの遅い父を待った。父の顔を見ると、怒りで眠気は吹っ飛んだ。


「なんで僕には、お母さんがいないの?」


 すると父は、小さな五夜の体を抱きしめた。その力強さに、幼い五夜は戸惑った。


「母さんは交通事故で亡くなったんだ。母さんはいないけど、五夜は父さんが必ず守るからな」


 それは五夜に言ったようにも聞こえたし、父が自分自身に言い聞かせたようにも聞こえた。もしかしたら、天国にいる母に向けて言ったのかもしれない。


 そのときに感じたのは、自分は父に愛されているという幸福感だ。母がいなくても、父がいればいい。

 だが時が経つにつれて、父の言葉に疑問を抱くようになった。五夜を放ったらかしにして、父は仕事ばかりしている。


 一日も休むことなく、風邪をひいた日でさえ父は働いていた。はたから見れば、それは立派なことなのかもしれない。しかし、五夜の身の回りの世話から、従業参観や三者面談にいたるまで、父は一切合切を祖父母に押しつけて、仕事にすべての時間を注いでいた。


 五夜が感じたのは、マトマに対する強烈な嫉妬だ。父さんは僕よりも、マトマが好きなんだ。

 いつも家にいない父に、気持ちは冷めていく。五夜が父と距離を置くようになったのは、当然の成り行きだった。




 時計の針が午後10時を回った頃、ようやく父が帰宅した。


「すいません。予約でいっぱいでして、販売できるマトマはないんですよ。……いえ、いくら出されても、無理なものは無理なんです。申し訳ございません」


 どうやら父は、電話でマトマの販売を断っているようだ。

 父と顔を合わせたくはなかったが、顔を合わせないことには、小遣いは貰えない。五夜は自室を出ると、電話を終えた父の前に立った。


「父さん、お小遣い」

「おっと、そうだったな。ほら、お小遣いだ」


 父はニヤリと笑って、財布から土のついた千円札を出す。汚れが気になったが、小遣いは欲しいので、我慢して千円札を受けとった。


「もっとお小遣いを増やせないの?」


 五夜が不服そうな顔をすると、父は困ったように頬をかいた。


「悪いな。父さんはお金持ちじゃないんだよ」


 金持ちになる方法ならある。さっき電話で話していた相手に、いつもの販売価格に0を三つ加えた価格で、マトマを売ればいい。


「さっきの電話の相手にマトマを売れば、お金持ちになれるでしょ?」

「本当に必要としている人に、父さんはマトマを売りたいんだよ」


 父のもとには先ほどのように、資産家から電話がかかってくることがあった。マトマという珍しい果物に興味を持った資産家は、大枚をはたいてでも、マトマを手に入れようとする。

 しかし父は、興味本位で寄ってくる金持ちには、決してマトマを売ろうとはしなかった。父がマトマを売るのは、いつも決まって貧乏そうな連中ばかりだ。


 マトマを栽培するためには、温度や湿度を一定に保たなければならない。そのための設備は特注品だけあって、かなり高額だ。赤子のように目を離せないマトマは、父が付きっ切りで世話をしているからこそ、枯れずに実を結ぶ。


 マトマを収穫するために必要な設備や労力を鑑みれば、たとえマトマが果物の中で味が劣っていたとしても、高値で販売すべきなのだ。

 それなのに父は、安価な価格でマトマを提供していた。五夜の家が裕福でないのは、それが原因だ。

 マトマを売った相手に感謝されて、父はいい顔ができるのかもしれない。だが、それに付き合わされる五夜は、たまったものではなかった。


「家が貧乏なのは、父さんのせいだ」

「苦労をかけて悪いな」


 物分かりの悪い子供が、大人を困らせているような構図に、五夜は苛立った。そんな言い方をされると、まるで間違ったことを言っているのは、僕のほうみたいじゃないか。

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