ギャンブル その⑪
刑事に呼びだされて、大輔は警察署にいた。
落とし物窓口をしている女性に、中川刑事に呼びだされた旨を伝えると、取調室へ案内される。
呼びだされた要件は、もちろん馬券の所有者についてだ。馬券の所有者が誰なのか、わかったらしい。
取り調べ室にいたのは中川刑事だけで、美子の姿は見当たらない。
「ご足労いただき、ありがとうございます」
「いえ。それで馬券の持ち主が誰なのか、わかったんですか?」
挨拶もそこそこに、大輔はさっそく本題を切りだした。
「ええ、わかりました。馬券の持ち主は――」
タイミングの悪いことに、そこで取調室にある電話が鳴った。電話をとった刑事は通話を終えると、大輔に視線を戻す。心なしか、その視線は鋭さを増したように見えた。
「片山美子さんが到着されたようです。じきに、ここへ来るでしょうから、二人が揃ったところで説明させてください」
「わかりました」
大輔は硬い表情で頷く。
美子を待ちながら、大輔の胸は不安で潰れそうだった。
馬券を買ったのは、間違いなく大輔だ。しかし、晃が大輔から馬券を奪った証拠が出てこなければ、美子の言ったように、晃が馬券を買ったと、警察は判断するかもしれない。
そうなると、馬券が手に入らないばかりか、大輔が嘘をついたことになってしまう。馬券の払戻金が巨額であることを考えると、なんらかの罪には問われるだろう。
ドアが開いて、美子が取り調べ室に入ってきた。
何度見ても、やはり香にしか見えない。自分に結婚詐欺をしかけた女が、堂々と往来を歩いていると思うと、腸が煮えくり返った。こんな悪党に、馬券を渡しはしない。
刑事は美子と短く挨拶を交わすと、机の引き出しから馬券を取りだした。
「お二方が揃いましたので、この馬券が誰のものなのか説明しましょう」
少し間を置いて、大輔と美子の注意をさらに引きつけると、刑事は簡潔に結論を述べた。
「結論から申し上げます。五味大輔さん、この馬券はあなたのものです」
初めて雪を見た子供なみに、喜びが爆発した。
「ありがとうございます!」
自分の馬券が、自分のもとに返ってきただけなのに、なぜか感謝してしまう。なにせ7億2千万円の馬券だ。おかしくなるぐらいが、普通なのかもしれない。
喜び勇んで、刑事から馬券を受けとろうとした大輔だが、その手首を美子に掴まれる。
「待って! その馬券が五味さんのものだって、どうしてわかったんですか?」
刑事は机の引き出しからマークカードを取りだして、机の上に置いた。競馬場に行けば、どこにでも置いてあるマークカードが、貴重品のようにビニール袋で保護されている。
「これは7億2千万円の馬券を買うために使われたマークカードです。自動発売機の中にありました。このマークカードには、片山晃さんではなく、五味さんの指紋がついていました」
敗北を悟り、激高した美子は、拳で机を叩いた。その衝撃で、一瞬マークカードが宙に浮いた。
「呼びだしておいて、私のものじゃないですって? だったら私は電話でよかったじゃない!」
刑事の視線が、職業上の鋭さを帯びる。その視線は、一般市民に向けられるものではなかった。
「今日ここに来てもらったのは、あなたを逮捕するためです」
大輔は二人から半歩退いた。二人の邪魔になりたくないし、関わりたくもない。今まさに、大輔と美子の間に、超えられない境界線が引かれた。
「ここ最近、結婚詐欺の被害者が増えていましてね。彼らにあなたの写真を見てもらいました。すると何人もの被害者が、あなたを結婚詐欺師だと証言したんです。片山美子さん、あなたを詐欺罪で逮捕します」
強いショックを受けて、美子はガックリと膝をついた。
こうして馬券は大輔の元に戻り、美子による結婚詐欺事件は終焉を迎えた。
もし不思議なノートがあったら、あなたはそのノートを使って、なにをしますか?
その質問に、ギャンブルと答える人は多いのではないだろうか?
私は覗き……違う、それは透明になれる薬の場合だ。
そういうわけでギャンブルの話を書いてみた。
未来にいる人から、競馬の結果を教えてもらい大儲けする。
単純な話だと思って書き始めたが、思いのほかストーリーを作るのに苦労した。
こういう頭を使う話を書くのは大変だ。しかし、そのぶん書き上げたときの達成感も大きい。
小説もギャンブルに近い性格のものだと思う。
どんな売れっ子作家でも、毎回おもしろい作品を書くのは不可能だ。
それとは逆で、私のような底辺作家でも、書き続ければ一つぐらいは、おもしろい作品が書けるかもしれない。
今回のギャンブルはどうだろうか?
いつか当たると信じて、明日も来年も10年後も、小説を書いていたいなぁ。




