ギャンブル その⑥
「ふざけんじゃないわよ!」
大輔の書きこみを読んだ美子は、ノートを机に叩きつけた。怒りを暴力に変えて発散しても、ノートに書かれた大輔の見苦しい言い訳を目にすると、また怒りが込み上げてくる。
〝すいません。馬券を買い間違えてしまいました。次のレースでは、ちゃんと確認してから馬券を買います。〟
「こいつ、絶対に嘘をついてる!」
一週間前のレースでは、千円しか馬券を買わなかったと、男は言い訳していた。そのため配当金が2万円しかなく、美子の取り分はたったの1万円だった。
そのときに美子の頭を過ぎったのは、男が嘘をついているのではないのか、という疑念だ。
本当は大金を払って馬券を購入しており、男は大儲けしている。しかし、配当金の半分を美子に渡したくなくて、千円しか馬券を買っていないと、嘘をついているのではないのか?
たしかめる術がないため、美子は一度だけ男を信じることにした。
そして、信じた結果がこれだ。今度は馬券を買い間違えたらしい。だから美子には、一円も渡せないそうだ。
一度ならず二度までも、男は美子の期待を裏切った。間違いない。男は嘘をついている。本当は馬券を買い間違えてなどおらず、大儲けしているのだ。
〝嘘よ! 本当は自分だけ、お金儲けしてるんでしょ!〟
〝嘘なんてついてません。もうすぐ給料日なんです。次のレースでは給料の全額を賭けて、獲得した配当金の半分を、必ずあなたに渡します。僕を信じてください。〟
信じてください? それは詐欺師の常套句だ。
自らが結婚詐欺師として、たくさんの男を騙してきた美子は、その言葉がどれだけ空虚なものなのかを知っている。
「おい、どうした? なにかあったのか?」
ドアをノックする音に肩を震わせた美子は、慌ててノートを机の中にしまう。男とやりとりする気はもう失せていたが、このノートが希少なものであることに変わりはない。晃に見られて、消滅するのは避けたかった。
偽物の笑顔を顔に貼りつけ、ドアを開けると、心配そうな顔で晃がこちらを見ている。
「だいじょうぶか? 大声が聞こえたぞ」
激しい怒りで我を失って、晃がいることを失念してしまい、つい大きな声を出してしまった。晃は勘の鋭い男だ。ノートのことを悟られないように、注意しなければ。
「ちょっと気に食わないことがあっただけよ」
「そういうときはパーっと遊んで忘れてしまうのが一番だ。債務者から金を取り立ててきたから、その金で遊びに行こうぜ」
「そうね。出かけましょう」
美子が笑うと、釣られたように晃も唇の端を吊り上げた。
〝給料が入りました。明日、競馬場へ行きます。一緒に大儲けしましょう。〟
〝もう一度、僕にチャンスをください。〟
〝返事をしてください! お願いします!〟
不思議なノートには、男の必死の書きこみが続いていた。それを美子は、冷めた目で見降ろす。男に返事をしないまま、すでに一週間が経過していた。
どうせ男は、美子に金を渡す気なんてない。美子を出し抜き、自分が金儲けすることしか考えていないのだ。
男に騙されたことを思いだすと、イライラした。気分転換を図るためにテレビをつける。すると、女性アナウンサーの姿がテレビ画面に映った。
「午前11時半すぎ、中山競馬場の前にある車道で、男性二人が大型トラックにひかれる事故がありました。病院に運ばれましたが、二人とも搬送先の病院で息を引きとったそうです」
これでは気分転換にならない。先週も先々週も、中山競馬場のレースの結果を調べて、男に教えていた。
忘れたい出来事を思いださせるニュースに、美子はチャンネルを変えようとした。だが、ニュースの続きを聞いて、リモコンを握った手が止まる。
「二人は馬券を取りあって、もみ合いになっていたところを、トラックにひかれたようです。二人の取りあっていた馬券ですが、なんと払戻金が7億2千万円にもなる高額馬券だったそうです」
次のニュースを読み上げるアナウンサーの声は、もう耳に入っていなかった。
7億2千万円の払戻金なんて、普通ではあり得ない金額だ。しかし、そんな莫大な払戻金を、簡単に獲得できる方法がある。それは不思議なノートを使って、未来にいる人間から、競馬の結果を教えてもらうことだ。
美子の唇が愉悦に捻じれる。トラックにひかれた男の内の一人は、美子がノートを使って、やりとりをしていた男に違いない。
これから美子がノートを使って、競馬の結果を男に教える。男は7億2千万円の馬券を的中させるが、その馬券のせいで、トラックにひかれて死ぬのだ。
私を騙した罪は、その命で償ってもらおう。
美子は鼻歌を歌いながら、ノートに死のまじないを書いた。
〝今日の中山競馬場の第4レースの結果は7―2―4よ。〟




