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ギャンブル その④

 競馬場に来るのは初めてだった。不思議なノートに出会わなければ、競馬場に来る機会なんて一生なかっただろう。


 もちろん、わざわざ競馬場に来なくても、インターネットで馬券を購入することもできた。しかし、そうすると馬券を購入した記録がデータとして残り、税務署に高額当選がバレてしまう。税務署に税金を払いたくないのなら、競馬場で馬券を買うしかなかった。


 競馬場のいたる所に置いてあるマークカードを手にとり、トイレへ向かう。トイレの個室に籠ると、スマホで時刻を確認した。ちょうど第2レースが始まったところだ。

 女性のいる世界は3時間後の世界だから、向こうでは第7レースが終わった頃だろうか?

 ノートを開いて、女性に指示を仰ぐ。


〝中山競馬場に着きました。11時5分発走の第3レースでは、どの馬券を買えばいいですか?〟


 20分待っても、女性からの返事はない。

 第3レースが始まるまで、あと10分しかなかった。馬券を買えるのは発走2分前までだから、あと8分以内に馬券を購入しなくてはならない。


〝12―7―6よ。〟


 ようやく返事がきた。大輔はリュックからマークカードを引っ張りだすと、迷うことなく、3連単を選択する。

 競馬において、的中したときの払戻金が最も大きいのは3連単だ。もちろん、そのぶん的中させるのが難しく、1着と2着と3着の馬を、すべて当てなければならない。


 しかし、それもこのノートがあれば関係なかった。未来の人間から競馬の結果を教えてもらえるのだ。的中するに決まっている。


 マークカードを塗り終えた大輔は、塗り間違いがないように、ノートとマークカードを何度も見比べた。

 だいじょうぶ。ちゃんと12―7―6の3連単を選択できている。


 個室トイレのドアを開けると、発馬機から発走する競走馬さながら、走って自動発売機へ向かった。自動発売機の前へたどり着いた大輔は、マークカードを挿入口へ入れる。

 それから、家中をくまなく探してかき集めた小銭とお札を投入した。財布に残った小銭の合計は100円にも満たない。


 この馬券が外れたら、電車に乗る金もない。もしそうなったら、次の給料日まで、どうやって食いつなごう?

 後のない状況になったが、不思議と気分は高揚していた。たった一つの馬券に、自分の人生が懸かっている。興奮と不安で、頭がどうにかなりそうだ。


 購入した馬券の金額は1万円だった。レース会場へ向かいながら、スマホでオッズを確認してみる。

 3連単の中でも3番人気と人気が高いため、オッズは低いが、それでも20倍だ。電卓を使わなくても、これくらいなら頭の中で計算できる。1万円の20倍だから、馬券が的中すれば、払戻金は20万円になる。


 眩暈がした。わずか数分で、1万円が20万円になるなんて信じられない。そんな簡単に、金が手に入るのなら、今まで真面目に働いてきたのは、なんだったのだろう? 働くのがバカみたいに思えてくる。


 レース会場に着くと、すでにレースは始まっていた。

 もうレース以外は、なにも見えない。周囲の人と同じように、全身を目にして、レースの行く末を追いかけた。心臓がドクドクと大きく脈打ち、呼吸は自然と荒くなる。


 茶色い風がゴールに雪崩込み、2分足らずでレースは終了した。レースが終わっても、会場の興奮は収まらない。電光掲示板に表示された文字を、大輔は口をポカンと開けて見つめた。


〝3連単 12―7―6 2,000円〟


 大輔の買った馬券は的中していた。思わず吹きだしてしまう。

 朝早く起きて、起きている時間のほとんどを拘束されて、上司や客に頭を下げて、やっと手に入る一か月の労働の対価が、簡単に手に入ってしまった。


 周囲を見回すと、馬券を握りしめて悔しがる人たちがいる。

 どうしたんですか? なにかあったんですか?

 さすがに悪ふざけが過ぎるから、やめておいたが、そんな風に聞いてみたくなった。


 彼らは敗者で、僕は勝者だ。それは今回のレースに限ったことではない。今後のレースも、ずっと僕は勝ち続ける。これからは好きなものを、なんだって買えるし、借金取りに起こされることもなくなる。これほど気分のいい日は、生まれて初めてだ。


 足取りも軽く自動発売機の前に戻ってきた大輔は、的中した馬券を換金した。馬券を買う前の財布には、1万円ほどしか入っていなかった。それが今は20万円もある。

 この金を使って、また新たに馬券を購入したいところだが、ノートの女性との取り決めがあった。配当金の半分を女性に渡さなければ、次のレースの結果を教えてもらえない約束になっている。


 勝利の余韻に浸りながら、競馬場の出口へ向かう大輔だったが、一番顔を合わせたくない人物に出会ってしまう。


「なんで五味が競馬場にいるんだ?」


 借金取りの片山晃が、目の前に立っていた。

 まずいことになった。金を持っていることが知られたら、晃は大輔の金を奪うだろう。

 勘の鋭い晃と、長話をするのはリスクでしかない。余計な会話はせずに、さっさと逃げよう。


「ちょっと競馬に興味があって、観に来ただけですよ。急いでいるので失礼します」

「待て」


 隣をすり抜けようとしたが、晃に通せんぼされる。晃は大輔に顔を近づけると、凄んでみせた。


「お前の金は、俺の金だ。俺の金をドブに捨てるんじゃねぇ」


 大輔が競馬で負けたと、晃は決めつけていた。

 僕は勝ち目のないギャンブルなんてしない。カチンときて、つい口が滑った。


「ドブになんか捨ててません。僕の買った馬券は――」


 失態に気づいて慌てて口を閉じるが、もう遅かった。


「買った馬券はなんだ?」


 晃に続きを促されても、答えることができない。馬券を的中させた、なんて正直に答えれば、間違いなく金を奪われる。

 しかし、大輔の様子に、晃は状況を察したようだ。


「おいおい、まさか勝ったのか?」

「いえ、負けましたよ。すいません。急がないとバイトに遅刻するので」


 そそくさとその場を後にしようとしたが、晃に肩を掴まれる。


「財布を出せ」


 大輔の華奢な肩に、晃の太い指がめりこむ。あまりの激痛に、あっさりと大輔は屈した。


「わかりました! 財布を出すから、離してください!」


 苦痛は消えたが、同時に金も消えることになった。

 晃に監視されながら、大輔はリュックから財布を取りだす。次の瞬間には、目の前から財布が消えていた。

 財布を奪った晃は、財布の中をあらためると、目を剥いて驚いた。


「本当に勝ったのかよ。運のいいヤツだな。じゃあ、その運を俺にも分けてもらおうかな」


 晃はニヤリと笑うと、財布から万札を抜きとった。財布に残ったのは、一万円札が1枚だけだ。これではノートの女性に渡す金がない。

 大輔に財布を返して、どこかへ行こうとする晃を、大輔は呼び止めた。


「ちょっと待ってください。片山さん以外にも、お金を渡さないといけない人がいるんです」


 返ってきたのは冷ややかな視線だった。


「俺以外にも金を借りてるのかよ。お前は本当にクズだな」


 晃は大輔に一万円札を一枚返した。


「その人には、これで勘弁してもらえ。じゃあな」


 晃の背を、大輔は呆然と見送る。

 1万円がほんの数分で20万円になり、その20万円がほんの数分で2万円になってしまった。次の給料日までの生活費を考慮すると、女性に渡せるのは1万円が限度だ。晃の言ったように、女性には1万円で納得してもらうしかない。


 女性は大輔と会うことも、住所や名前などの個人情報を教えることも嫌がった。そこで金の受け渡しは、駅のコインロッカーを利用して行うことになっている。

 金の受け渡し場所である駅に向かいながら、どう言い訳しようか考えた。しかし、出て来るのはため息ばかりで、いいアイデアは思い浮かばなかった。

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