ギャンブル その②
大輔は布団の中で、スマホを操作してアプリを起動した。開いたのはスキマバイトアプリだ。
休日まで働かないといけないのは憂鬱だが、晃に返済する利息代だけでも稼がないと、心休まる休日は返ってこない。
なにか高収入のバイトはないかと、目を皿のようにして探してみる。すると、時給が高くて、短時間でも稼げそうなバイトがあった。さっそくそのバイトに応募したところで、ガタリとなにか音がした。
音が聞こえたのは玄関のほうだ。もしかしたら晃が、足音を忍ばせて戻って来たのかもしれない。息を潜めて待ったが、それから物音は聞こえなかった。
抜き足差し足でドアに近づき、ドアスコープから覗いてみると、外には誰もいない。安心して一息ついたとき、郵便受けに、なにか入っているのに気がついた。
「なんだ、これ?」
郵便受けに入っていたのは大学ノートだった。手にとって開いてみると、表紙の裏に奇妙なルールが書かれてある。
〝このノートに書いたことは、もう一つのノートにも書かれる。もう一つのノートに書いたことは、このノートにも書かれる。
このノートにはルールがある。
ルール1。ノートに書いたことを、ノートの持ち主以外の人間に見られると、ノートは消滅する。
ルール2。ノートの持ち主が死ぬと、ノートは消滅する。〟
大輔は眉根を寄せた。
どういう意味だろう? 最近は表紙の裏に変なルールを書いたノートが、流行っているのだろうか?
頭を悩ませる大輔だったが、その意味するところは、すぐに明らかとなった。なんと誰も書いていないのに、ノートに文字が勝手に書かれていく。
〝WISH LIST
海外旅行に行く お気に入りのイヤリングを見つける 人に優しくする〟
驚きのあまり、手からノートを落としてしまった。しかし、床に落ちたノートには、変わらぬ速度で、文字が書きこまれていく。
未知の現象に恐怖を感じ、呆然とノートを見つめる大輔だったが、ノートは人に危害を加えるような代物ではなかった。しだいに好奇心が膨れ上がってきて、ついには好奇心が恐怖を上回った。ノートにおっかなびっくり顔を近づけると、書かれているルールに、もう一度目を通す。
〝このノートに書いたことは、もう一つのノートにも書かれる。もう一つのノートに書いたことは、このノートにも書かれる。〟
つまり、別のノートに書いたことが、このノートにも書かれるということか。信じられない現象だが、こうして目の前で起こっているのだから、信じるしかない。
大輔は床に落ちているノートを拾い上げると、机の上に置いた。筆跡と書かれている内容から、書きこみを行っている者は女性だと見当がついた。
大輔はシャープペンを手に取ると、女性の書いていない場所を使い、挨拶をしてみる。
〝こんにちは。〟
大輔が書きこみをおこなった直後、女性の書きこみがピタリと止まる。先ほど大輔が驚いたように、女性も驚いているのだろうか?
しばらく経った後で、ようやく女性から返事がきた。
〝このノートは、なんなの? どういう仕組み?〟
どうやら女性も、状況は大輔と似たり寄ったりらしい。不思議なノートの力を測りかねているようだ。
ノートも気になるが、女性がどんな人物なのかも気になった。とりあえず名前から尋ねてみる。
〝それは僕にもわかりません。よければ、あなたの名前を教えてくれませんか?〟
〝こんな得体のしれない物で知り合った相手に、名前を教えられるわけがないでしょ。状況をよく考えなさいよ。あんた、バカなの?〟
不思議なノートを介して知り合った女性と恋に落ちる。どうやら、そんなファンタジーは存在しないらしい。
〝あなたのおっしゃるとおりです。あなたのようなすぐキレる人に、名前を教えるのは、たしかに危険ですね。僕もあなたに名前を教えるのはやめておきます。〟
〝怒ってるの? すぐキレるって、私のことじゃなくて、あんたのことなんじゃない?〟
女性も負けじと言い返してくる。
こんなにも珍しいノートがあるのに、その使い道は悪口の応酬だった。宝の持ち腐れとは、まさにこのことだ。
〝あなたはWISH LISTに「人に優しくする」って、書いてましたよね? さっきから僕に冷たいですけど、それについてはどう思いますか?〟
すると女性は、WISH LISTに括弧書きを加えた。
〝人に優しくする(頭のおかしな人は除く)〟
(僕の頭がおかしいだって? おかしいのは、あんたのほうだろ!)
WISH LISTの末尾に、女性に最も必要だと思われることを、大輔は書き加えた。
〝性格の悪さを直す〟
絶対に直せないだろうけど、まぁ、願うだけなら自由だ。
もちろん大輔の書きこみは、女性の反感を買った。
〝あんた私に喧嘩を売って〟
そこで女性の書く文字が、グニャリと歪む。書きこみが止まり、不自然な間が空いた。
歪んだ文字を見て、大輔はだんだん心配になってくる。女性の身に、なにかあったのだろうか?
尋ねてみるべきか逡巡していると、ようやくノートに女性の文字が戻ってくる。
〝あー、ビックリした。震度6って、こんなに揺れるのね。あんたが住んでるところも揺れた?〟
大輔は目を瞬く。
東京では地震なんてなかったが、どこかで地震があったのだろうか? スマホで調べてみても、地震速報は出ていない。
〝僕は東京に住んでますけど、地震なんてなかったですよ。あなたはどこに住んでるんですか?〟
書いた後で後悔する。女性は名前を教えるのも嫌がっていた。どこに住んでいるのかなんて、教えてくれるわけがない。
だが予想に反して、感情的になっている女性は、どこに住んでいるのかを、あっさり教えてくれた。
〝嘘言わないで! 私も東京に住んでるけど、すごい揺れたじゃない!〟
二人とも東京に住んでいるのなら、地震も同じタイミングで起きるはずだ。どうして女性だけが、揺れを感じたのだろう?
再度、地震速報が発表されていないのかを確認しようとして、スマホのディスプレイを見る。ディスプレイに表示された時刻は、いつの間にか、ずいぶんと進んでいた。すぐに家を出なければ、バイトに間に合わなくなりそうだ。
〝すいません。用事があるので、また後で。〟
女性からの返事を待っている時間はなかった。急いで身支度を整えると、大輔はアパートを飛びだした。




