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ラブレター その⑭

 まるでカリンを待っていたかのように、すぐに返事が来た。スペルや文法にも間違いがなく、上手くなった字に、6年という歳月の重みを感じる。

 しかし、青年と久しぶりにやりとりできた感動は、すぐに薄れてしまった。


 元気だよ!

 昨日までなら、そんなふうに答えられただろう。だが今は、とてもそんなふうに答えられる状況ではない。


〝元気とは言えないかな? 私の乗っていた船が、嵐にあって沈没したの。なんとか近くの島まで泳ぐことはできたんだけど、今いるシオン島は無人島なのよね。〟

〝君もシオン島にいるのか? じつは俺もシオン島にいるんだ。〟


 カリンは目を丸くする。ただの偶然とは思えない。この不思議なノートが今見つかったことにも、なにか運命めいたものを感じた。


〝どうして、あなたもシオン島にいるの?〟

〝俺を雇っている商人に、シオン島まで商品を運ぶように命じられたんだ。でも、商人の本当の狙いは、俺を殺すことにあった。なんとか刺客からは逃げたんだけど、ナイフで刺されたんだ。きっと俺は、もう長くない。〟


 どこかで聞いたことのある話だと思ったら、それはつい最近、ヘルメスとウトリから聞かされた話と同じだった。

 青年とアセビは、同じような目にあっていた。よくよく思いだせば、青年とアセビは、その境遇も似ている。二人とも幼い頃から家族を支えるために働いており、商人に雇われていた。


 ただ決定的に異なるのは二人の年齢だ。青年はカリンと同い年で、アセビはカリンより5歳年上だった。

 青年とアセビの共通点について考えているカリンを差し置いて、青年は自分の気持ちを吐露する。


〝俺は最後に君と会いたい。だけど傷が深くて、もう歩けないんだ。この島の中央にある窪地にいるから、悪いけど、ここまで来てくれないか?〟


 悪いなんて、とんでもない。会いたいのは私も同じだ。


〝わかった。すぐ行くから待ってて!〟

〝ありがとう。俺は桃を一つ持ってるから、君が来たら、一緒にこの桃を食べよう。〟


 グズグズしていると、青年が死んでしまうかもしれない。急いで青年に会いに行こう。

 カリンはノートを胸元にしまうと、山頂を目指して歩き始めた。

 シオン島は火山のような形状をしている。中心部に近づくまでは山のように盛り上がっているが、中心部はへこんで窪地になっていた。青年がいるのは、その窪地だ。


 丸一日近く食べ物も水も摂取していない体で、山を登るのは、文字通り命がけだった。脱水症状が進み、もう汗も出てこない。足がふらついて、何度も転んだ。ローブは土で茶色く汚れ、所々に血の染みができている。


 20分ほどかけて、なんとか斜面を8割がた登ったが、さすがに一休みしないと、息が続かない。カリンは斜面に腰を下ろして、名前も知らぬ南国の木に背中を預けた。

 もう少しで青年に会える。しかし、その嬉しさよりも恐怖が勝った。これから私は、青年の死を看取らなくてはならない。


 青年の様子が気になったカリンは、胸元にしまったノートを引っ張りだして開いた。新たな書きこみがあったが、青年の体調は悪化しているようで、文字が震えていた。

 青年の文章を読み終えたカリンは、ノートを胸元に捻じこむと、頂上を目指して再び歩き始めた。まだ息は整っていないが、一刻も早く青年の元へ行かないと、青年が死んでしまう。


〝浮気な男だって、責めないでくれよ。じつは俺には好きな人が二人いる。一人は俺に字を教えてくれた君だ。〟


 斜面を登りながら、カリンは激しく混乱していた。いったい、どういうことなのだろう?


〝そして、もう一人はカリン王女だ。彼女はとても頭がよくて、優しくて、美しい王女だった。信じてもらえないだろうけど、俺が渡した婚約指輪を、カリン王女は受けとってくれたんだ。〟


 信じるもなにも、私がカリンだ。アセビから指輪を受けとったあの日が、私にとって一番幸せな日だった。もし叶うのなら、もう一度、アセビに会いたい。

 その思いは、アセビも同じだった。


〝もう一度、カリン王女に会いたい。彼女と一緒にタキール広場を歩いていたときが、俺の人生で一番幸せな時間だった。〟


 ノートの相手は、本当にアセビなのか? アセビは5年前に、ヘルメスに殺されたはずだ。なぜ今も生きている? そして、なぜ今になって死にかけている?


〝君に頼みがある。カリン王女に、俺が亡くなったことを伝えてくれないか? まだ名前を名乗っていなかったな。俺の名前はアセビだ。〟


 心臓が破裂しそうなほど暴れていた。それが登山の影響なのか、それとも心の影響なのかはわからない。

 死んだと思っていた婚約者に会える。しかし、その婚約者は今にも死にかけている。これで混乱しない人間なんていないだろう。


〝もう俺はダメだ。この桃は君にやるよ。ここは無人島だけど、たまに商人が貿易のために訪れる。商人が来るまで生き延びられれば、君は助かるはずだ。さようなら、俺の初恋の人。〟


 島の頂上は目前に迫っていた。しかし、そこでカリンの胸にしまっていたノートが、光の粒となる。蛍の光のように儚く点滅した後、空に吸いこまれるようにして光は消えた。

 不思議なノートが消滅してしまった。なぜノートは消滅したのか? その答えは、ノートの表紙の裏に書かれていた。カリンはノートに書かれていたルールを思いだす。


〝ルール2。ノートの持ち主が死ぬと、ノートは消滅する。〟


 ノートの持ち主であるアセビが死んだ。だから、ノートは消滅したのだ。

 水分を失い、体は脱水症状になるほどカラカラに乾いていた。だが、心の水は一杯になり、涙があふれた。


 アセビは浮気な男などではない。なぜなら、アセビの初恋の相手も、アセビが婚約指輪を贈った相手も、私だったからだ。アセビは生涯でたった一人、私だけを愛してくれた。

 そしてそれは私も同じだ。5年前にアセビが姿を消してからも、アセビのことを忘れた日は一日としてない。


 さめざめと泣きながら、約束の地にたどり着くと、そこには予想外のものがカリンを待っていた。

 島の中央の窪地に、立派な桃の木が生えている。木には枝が折れそうなほど大量の桃が実っていた。飢えていたカリンは、桃の木に走り寄ると、薄ピンク色の果実に手を伸ばし、力任せにもぎとった。そして獣のように、果実に被りつく。


 甘い糖分を含んだ果汁が、乾いた喉を洗い清め、ひりついた喉を癒していく。

 1つでは、とうてい飢えは収まらなかった。夢中で桃を4つも食べて、やっとカリンは満足して、周囲に気を配る余裕が生まれた。


 なんと桃の木の根元に、白骨化した人の骨がある。恐ろしさのあまり、カリンは桃の木から飛び退いた。

 遺体の指には、見慣れたデザインの指輪がはめられている。カリンの左手の薬指の指輪と同じデザインのそれは、アセビの婚約指輪だった。


 アセビの指輪をつけているということは、これはアセビの遺体に違いない。

 ノートの相手は、本当にアセビだった。5年前に亡くなったはずのアセビと、つい先ほどまでノートを使ってやりとりしていた。

 つまり、あのノートを使って私は――


「5年前のアセビと、交換日記をしてたんだ」


 あのノートには、時を超える力があったのだ。そう考えると、すべての辻褄があう。

 5年の歳月を経て、アセビは骨になった。アセビがカリンに遺した桃の実は、発芽して、立派な木に成長した。


 木には数え切れないほどの桃がぶら下がっている。これだけあれば、しばらく食料には困らないだろう。貿易のために商人が訪れるまで、十分持ちこたえられそうだ。

 もう白骨化した遺体は恐くない。その骨は、私の婚約者だ。


「ありがとう、アセビ。私もアセビのことが大好きだよ」


 骨となったアセビを、カリンは抱きしめた。

 やっと終わった。


 書き終えた素直な感想がそれだ。

 ラブレターの構想は、かなり前から私の頭の中にあったが、ずっと書くのを先延ばしにしていた。

 もっと上手くなってから書こう。

 上手くなる見込みなんてないのに、そんなふうにのんびりと考えていた。


 考えが変わった理由は、ちょっとネガティブだ。

 人はいつ死ぬかわからない。

 身近な人が亡くなったり、病気になったり……色々なことが起こって、自分の寿命に自信を持てなくなった。

 それで今書こうと思ったわけである。

 こういうことを書くヤツに限って、長生きする。

 するんだよね? すると言ってよ!?


 カリンとアセビの名前だが、二人とも花の名前からとらせて頂いた。

 カリンの花言葉は〝唯一の恋〟で、アセビの花言葉は〝犠牲・献身〟だ。

 カリンはアセビにとって、唯一の恋である。そして、アセビの遺した桃により、カリンの命は救われた。

 ハッピーエンドとは言えないかもしれないが、アセビの人生が不幸だとは思わない。

 なぜならアセビは、世界で一番キレイな花を見つけたのだから。


 カッコつけすぎですか? でも、そうしないと後書きが締まらないんですぅ!

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