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ラブレター その⑬

 瞼を開くと、黒く湿った砂が目に映った。海の臭いが、眠りに落ちる前の記憶を呼び覚ます。ここがシオン島であることを思いだして、もう一度、目を瞑って眠りたくなった。

 5年前に、アセビはこの島で亡くなった。その後を、私も追うことになるのだろうか?


 仰向けの姿勢で、照りつける太陽を見上げる。昨日の嵐が嘘のように、空はどこまでも青く澄み渡っていた。

 ずいぶん眠っていたようで、もう太陽は正午の位置に近い。昨日の朝、まだ王宮にいたことが、遠い昔のように感じる。


 いつまでも日向ぼっこをしている場合ではない。カリンは溜め息を吐くと、二本の足で立ち上がった。足首とローブを結んでいた紐を解き、ローブを着る。海水を吸って湿ったローブは、ひどく着心地が悪かったが、太陽に肌を晒し続けるのは危険だから仕方ない。


 腹が空いて、腹の虫が鳴る。唇が渇いて、上唇と下唇がひっつく。

 生き延びるために、今すぐにでも食べ物と飲み物が必要だった。

 貿易の場として使われているシオン島には、ときおり商人が訪れる。そのときまで生き延びられれば、カステア王国へ帰還できるはずだ。


 なにか食べられる物を探すため、あたりを見回してみる。するとカニが歩いていた。カニを生で食べるところを想像すると気持ち悪くなったが、この状況で贅沢は言っていられない。

 カリンはカニを捕獲しようと追いかけた。追いかけて来るカリンに驚いたカニは、海に向かって必死で逃げる。


 あと少しでカニに追いつきそうになったとき、大きな木箱が目の前に現れた。

 カニは器用に進路を変えて木箱を避けたが、死に物狂いで走っていたカリンに、そんな芸当はできない。木箱に躓き、砂飛沫を上げて砂浜に倒れこんだ。


 顔中砂まみれになったカリンは、上体を起こして口に入った砂を吐く。辺りを見回すと、もうカニの姿はどこにもない。


「もう!」


 怒りに任せて、砂浜に拳を打ち下ろすと、砂が飛んで顔にかかった。

 顔をしかめたカリンは、恨みの籠った目で、自らを転倒させた木箱を睨む。次の瞬間、カリンの眉間から力が抜けた。


 どこかで見た木箱だと思ったら、沈没した船に積まれていた木箱だ。どうやら波に流されて、この島まで流れ着いたらしい。中に入っているのは、ヘルメスがカリンの母の部屋から盗んだ物のはずだ。

 もしかしたら、食べ物や飲み物が入っているかもしれない。この際、苦手な食べ物でもいい。とにかくこの強烈な飢えをなんとかしたい。


 海水で顔を洗って、砂を洗い落としたあと、木箱を開けてみる。若干の浸水はあったものの、中に入っている物は無事だった。しかし、入っていたのは貴金属や宝石ばかりだ。当たり前だが、金目の物ばかりを狙って、ヘルメスは母の持ち物を盗んだらしい。


 食べ物や飲み物がないのなら、ナイフやランプでもいい。サバイバルに役立ちそうなものを探して、カリンは木箱に入っている物を取りだしては、後ろへ放り投げる。


 カリンの拳よりも大きなアレキサンドライト、黄金でできたティアラ、宝飾された羽ペンとインク壺……どれも一つ売れば、一生食べるのに困らなくなる貴重品ばかりだ。だがここでは、なんの役にも立たない。


 最後に入っている物を取りあげた。淡いピンク色の表皮に、白く反射する産毛が生えている。それはアセビの好物でもある桃だった。

 カリンは大きなため息を漏らす。なぜなら桃は桃でも、その桃は食べることのできない絵に描いた桃だったからだ。とても精巧に描かれていることが、もはやなにかの嫌がらせにしか思えない。


 絵を砂浜に捨てたあとで、絵の下にあった物に気がついた。手にとると、それはノートだった。カリンの目が、大きく見開かれる。

 それは魔法のノートで、母に取り上げられる前、カリンが10歳の頃には、そのノートを使って、少年とやりとりをしていた。


 現代の技術では再現不可能な技術で作られており、光沢を放つほどに美しい表紙を見て、ヘルメスはノートの価値に気づき、このノートも盗品のリストに加えたのだろう。

 自分が今いる状況も忘れて、カリンはノートを開いた。外側は海水で濡れていたが、中までは浸水していなかった。そこには懐かしい少年の拙い文字があった。


〝ページが光になって消えたんだけど、なにかあったの?〟

〝なんで返事をくれないの?〟


 少年はカリンを心配していた。

 母にノートを取り上げられる直前に、二人がやりとりしていた部分については、ページを引きちぎっていた。だから今、カリンが読んでいるこの文章は、あの後に少年が書き加えたものになる。


 あれから6年の歳月が流れ、少年もカリンと同じ16歳になり、青年と呼べる年齢になっているはずだ。

 砂浜を見回すと、ついさっき投げ捨てた羽ペンとインク壺が転がっている。カリンは羽ペンの先をインクに浸すと、今さら遅いとは思いつつも、青年に向けて返事を書いた。


〝返事が遅くなって、ごめんなさい! お母さんにノートを隠されてて、返事が書けなかったの。〟


 6年間も返事をせずに、放ったらかしにしていたのだ。青年はノートなんて、もう見てはいないだろう。だから返事なんて、あるわけがない。

 そんなカリンの予想は、数秒後には裏切られた。


〝久しぶりだね。元気にしてた?〟

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