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ラブレター その①

 南国に位置するカステア王国は、繁栄を極めていた。

 一年を通して温暖な気候に恵まれているため、様々な野菜や果物がいつでも収穫できる。また国土の一部が海と面しており、釣り糸を垂らせば、丸々と太った魚が簡単に釣れた。おまけに鉱山資源にも恵まれていて、燃料となる資源のみならず、珍しい貴金属や宝石まで採れた。


 しかし、そんな豊かな国にあって、国の中枢を担う貴族たちは、日夜頭を悩ませていた。今日も彼らの頭痛の種は、元気があり余っているようだ。


「嫌よ! 絶対に勉強なんてしないから!」


 カリンは教師に背を向けると、豪奢な刺繍の施されたスカートを翻して逃げだした。


「カリン様、お願いします! 勉強してください!」


 悲哀に満ちた教師の声を背に受けて、さらにカリンは加速する。運動不足の中年教師と、母の言いつけを破って、日々王宮を走り回っているカリンとでは、体力に雲泥の差があった。カリンと教師の距離は、どんどん開いていく。


「カリン様が勉強してくれないと、私は教師をクビにされてしまうんです!」


 それはいいことを聞いた。この教師と追いかけっこをするのも、そろそろ飽きてきたところだ。

 廊下を歩いている王宮勤めの者たちは、いつものように廊下の端へ寄り、カリンに道を譲る。厄介ごとには関わりたくないようで、カリンとは目を合わせようともしない。


 廊下の真ん中を風のように駆け抜けて、カリンは自室へ飛びこんだ。そのままベッドへ倒れこむ。すぐに眠れるのは、カリンの特技だ。

 起きているときからは想像もできない天使の寝顔で、スヤスヤと寝息を立てるこの少女こそが、カステア王国の王女であるカリンだった。


 勉強はしない。すぐに怒って、誰かれ構わず喧嘩を吹っかける。好き嫌いが激しくて、平気で食べ物を残す。

 王宮外へは決して漏れないように、箝口令が敷かれていたが、カリンの性格は酷いものだった。


 誰よりも裕福に育てられ、地位のある大人でさえ頭を下げて接してくるのだから、王族の血を引く者の性格に、多少の歪みが生じるのは仕方ない。たとえ、おかしな王族が何人いようと、まともな世継ぎが一人いれば、それで問題はなかった。


 しかし、カリンの場合は少し状況が異なる。

 世継ぎを増やすために、王は何人もの妻を娶るのが普通だ。ところが、カリンの父が妻として迎えたのは、カリンの母一人だけだった。光り輝くような美貌を持つ母に、父はその愛をすべて捧げた。


 夫婦仲は円満そのものだったが、子宝には恵まれなかった。子を授かるために、母は大好きなワインを絶ち、嫌いな運動にも取り組んだ。そして、ようやく授かったのがカリンだ。

 以降、二人の間に子供は生まれていない。だから、この国の将来を担うのは、カリンに決まっていた。


 カリンが女王になることが、王宮で働く者は不満なようだ。だがそれはカリンとて同じ。女王なんて頼まれてもなりたくない。

 間近で父の苦悩を見てきたカリンは、王がいかに大変な仕事かを知っている。


 やれ内政だ、やれ国防だと、毎日のように無理難題を押しつけられる。国のために寝る間を惜しんで働いても、必ず国の内外に敵は生まれた。いつ命を奪われても、おかしくない状況の中では、安心して眠ることさえできない。


 カリンは成人したら、どこか近隣の国の妃にでもなって、優雅な人生を送ろうと考えていた。しかし、弟や妹が生まれなかったために、その計画は水泡に帰した。

 周囲はカリンを、後の女王として指導する義務に駆られているようだ。毎日8時間も勉強させようとするなんて、まったくもって狂っている。


 勉強よりも睡眠を選んだカリンであったが、晩御飯を知らせに来た召使いの声で起こされた。欠伸をしながら食堂へ向かうと、食堂には鬼のような顔の母がいた。

 勉強をサボったカリンに、母はとうとうと説教をする。せっかくのご馳走も、説教を聞きながらでは美味しくない。


 晩御飯の途中に席を立ったカリンは、母の呼び止める声を無視して、自室に帰った。こういうときは気分転換に限る。

 机の中央に鎮座する憎き教科書どもを、腕で押し退けた。そうして空いたスペースに、ノートを置く。


 最近では羊皮紙に代わり、植物から作りだした安価な紙が、市場に出回り始めていた。このノートも植物から作られたようだが、普通のノートではない。

 すべすべと滑らかな表紙は、光沢を放つほどに美しい。一見しただけで、このノートが高い技術で作られたことがわかる。


 ノートの綴じ方も普通ではなかった。この時代の本といえば、糸綴じが普通なのだが、このノートは糸で綴じられていない。なにか接着剤のようなもので、背表紙に張りついていた。

 そして表紙を開けば、真っ白な紙がある。こんなにも白くて美しい紙は見たことがなかった。


 誰がどのような方法で、このノートを作ったのか? それさえも不明なノートは、様々な人々の手を渡り、その取引価格はどんどん高騰していった。最終的にノートはオークションに出品され、落札したのがカリンの祖母だった。


 ノートは祖母の手で大事に保管されていたが、カリンの10歳の誕生日に、プレゼントとしてカリンに贈られた。勉強嫌いのカリンに、やる気を出してもらおうと、プレゼントしてくれたらしい。甘やかし過ぎだと、祖母は父に怒られていたが、それは仕方ない。だって、こんなに孫が可愛いのだから。


 ところで、このノートの使用法だが、もちろん勉強なんかに使うつもりはない。このノートは、お絵描きに使うのだ。

 カリンはさっそくノートを開いた。するとノートの表紙の裏に、おかしなルールが書かれてある。


〝このノートに書いたことは、もう一つのノートにも書かれる。もう一つのノートに書いたことは、このノートにも書かれる。

 このノートにはルールがある。

 ルール1。ノートに書いたことを、ノートの持ち主以外の人間に見られると、ノートは消滅する。

 ルール2。ノートの持ち主が死ぬと、ノートは消滅する。〟


 繰り返し読んでも、意味がわからない。誰がこんな落書きをしたのだろう?

 時間を無駄にしてしまった。こんな落書きなんて、どうでもいい。早く絵を描こう。

 描くのは理想の王子様だ。澄んだ瞳、気高き鼻、遊び心を忘れない口元、そんな王子様と結婚したい。


 そうだ。将来の夫に、この国の政治を委ねればいい。そうすれば私は遊んで暮らせる。

 楽天的なカリンは、持ち前の明るさで、将来の憂鬱を吹っ飛ばした。なんだ、心配する必要なんて、なにもないじゃない。

 描き上げた将来の夫を、満足げに眺めていると、ノートに文字が書かれた。


 ノートには誰も触れていない。それなのに、勝手に文字が書かれていく。まるで幽霊が、透明なペンを使って、文字を書いているようだ。

 カリンは悲鳴を上げて、心臓を守るように、両手の拳を胸元へ持ってくる。呼吸さえも忘れて、ノートに綴られていく文字を、食い入るように見つめた。

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