2話:私の有能な触手
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じっとりと湿った空気が肌にまとわりつく。壁や天井からは絶えず水滴が滴り落ち、不気味なシダ植物が青白い光を放っていた。
そんな陰鬱な洞窟から脱出すること。それが、私とクロの当面の目的になった。
【形態変化】スキルで念願の人の体──黒髪赤眼の、まあまあ可愛い幼女の姿を手に入れたが、その足を使う気はさらさらなかった。
私はクロに仰向けに抱えられ、洞窟の天井を眺めながら運ばれていた。
「ねえ、クロ。さっきのローブの人たち、結局何だったの? 邪神様とか言ってたくせに、いきなり斬りかかってくるし。ユーザーサポート最悪すぎでしょ」
《『終焉の使徒』と名乗る狂信者の集団です。世界の破滅を望み、そのための切り札として主を創造した、と。……まあ、主のこの体たらくを見て、計画が頓挫したと悟ったのでしょう》
「世界破滅とか、壮大な地雷案件じゃん……。絶対に関わりたくない。てか、あんたの説明、なんか棘ない?」
《気のせいです》
「じゃあ、クロって何者なの?」
《我は主の一部、思考も記憶も共有した運命共同体です》
「え……四六時中触手と一緒にいるとか無理なんだけど」
《我は主を外敵から守る役割があり、邪神として正しく導く手助けをするまで。 我が儘言わないでください》
「いやだいやだ! 女子高生に触手生えてるとか見栄え的に大丈夫じゃないでしょ! もう違うけど! 心は女子高生だもん! どこに触手常備形態してる女子高生がいるんだよ!」
《暴れないで! あなたが流行の先取りだと思えばなんてことはない!》
「最先端が突き抜けすぎだよ! 私はヴェ〇ムか!」
左右にグラグラと揺れる視界にだんだん気分が悪くなってきた。
「う……酔った……クロ、もっと丁寧に運んでよ」
《揺れるのがお嫌ならご自分の足で歩いては?》
「却下。歩くの面倒くさいから運んでって言ってるんでしょ」
《……はぁ》
盛大なため息が脳内に響いた気がしたが、知ったことではない。
──探索、とは名ばかりのただの散歩である。この洞窟、マップがとにかく広い。あと、全然景色が変わらないからつまんない。
しばらく進むと、曲がり角の先から松明の明かりが揺らめき、複数の話し声が聞こえてきた。まだローブの残党がいたらしい。数は三人。武装している。
「うわ、まだイベント戦闘残ってたの? クロ、ちゃっちゃと片付けて」
《……御意》
クロはそれだけ言うと、ヒュ、と風を切る音を残し、一本の黒い槍のように鋭く伸びた。闇に紛れた一撃は、ローブの一人の心臓を正確に貫く。男は悲鳴を上げる間もなく、崩れ落ちた。
触手を振るうと、貫いた心臓が壁に飛んでいきべちゃっと生々しい音を立てた。
「なっ…!?」
「貴様、よくも!」
残りの二人が驚愕と怒りに目を見開く。
相変わらず仕事が早い。だが、後処理が雑。
「だから血が飛び散るのはやめてって言ってるでしょ! 後片付け大変になるじゃん! もっとスマートにやってよ、スマートに!」
私が顔をしかめて文句を言うと、クロは何かを閃いたようだった。
《主よ、我らは敵を『吸収』するごとに邪神としての力を増幅させることが可能です。これも貴方様を強くするため……そして、『後片付け』の一環です》
クロはそう言うと、倒したばかりの亡骸に、その触手の先端を突き刺した。じゅ、という肉が焼けるような嫌な音と共に、まるで水分を全て吸い取られたかのように、亡骸がみるみる萎んでいく。
「き、貴様! 同志の亡骸に何をするか!」
仲間を冒涜されたことへの怒りが、残党たちの敵意をさらに増幅させる。
「うわっ、吸収ってそういう……まんまじゃん! エフェクトがグロすぎる! もうちょっとこう、光の粒子になるとかさぁ……!配慮が足りない!」
私が内心で絶叫した、その時だった。
脳内に、ゲームのログのような無機質なメッセージが浮かび上がる。
──スキル:【初級火属性魔法】を獲得しました──
「いぇ~い!新しいスキルだ~って思ったけど、微妙……。せめて全体攻撃魔法とかにしてよ」
《文句が多い主だ》
「なんか言った?」
《いえ、なにも》
私が新しいスキルにげんなりしていると、残りのローブたちが、血走った目でこちらへ襲いかかってきた。
「「邪神の紛い物めがああ!」」
「忘れてた!まだ敵いるんだった!クロ、固まってないでなんとかしてよ!」
なすすべもなくパニックになる私。
錆びついた剣を振りかざし、迫ってくる男たち。
その瞬間、私を守るように前に出たクロの触手の先端が、パカリ、と不気味に開いた。まるで、巨大な捕食植物の口のように。
「ええ、これならば後片付けも容易い」
クロが淡々と言い放つと同時、その口から灼熱の火炎放射が放たれる。ゴウッ、と空気を焼く轟音。洞窟内が一瞬で真昼のように照らされ、岩肌が赤熱した。目の前のローブたちは悲鳴すら上げられずに一瞬で炭と化し、勢いが衰えない炎は、洞窟の壁を飴細工のようにどろどろに溶解させた。
「……は? え? なにこの威力……。ていうかクロ、あんたの触手いま口みたいにならなかった?」
《主のスキルを我が代行したまでのこと。あの程度の威力、驚くに値しません》
じゅうじゅうと音を立てて滴り落ちる溶岩を前に、私はドン引きするしかなかった。どう見ても、初級の火属性魔法の威力ではない気がする。え、この世界では常識なの?
それよりも……。
「普通に戦い方がキモい……」
《キモい!?そんな馬鹿な……》
「今後、私の許可なしに魔法の使用は禁止! 分かったクロ?」
《キモい……我が……》
思いのほかショックだったらしい。
その後、私とクロは完全に洞窟で迷子になっていた。全く、このダンジョンの設計者は性格が悪すぎでしょ。一本道に見せかけて巧妙に行き止まりに誘導するとか、初見殺しにもほどがある。
その後も、ローブの人たちをクロに倒してもらいつつ、『吸収』スキルで新しいスキルをいくつか獲得した。ただ、悪の教団にしては、そこまで美味しいスキルはなかった。どれもこれも初級魔法や使い道の分からないスキルばかりだ。
「だるい……いつまで続くのこのエリア……異世界飯が食べたい~!せっかく生まれ変わったのに人の内臓しか見てないってどうなの?」
と、私がいつものように駄々をこね始めた、その時だった。
闇の中に、ぽつんと置かれた豪奢な宝箱が目に入ったのだ。
「うぉっ、宝箱! こんな隠し通路の奥に置いてあるってことは、絶対レアアイテムじゃん!」
さっきまでの倦怠感が嘘のように、私は目を輝かせて宝箱に駆け寄る。
《主、お待ちを。見るからに怪しい。罠の可能性があります》
「はぁ? ゲーマーの勘が、これは大丈夫だって言ってるの!伊達に引きこもってゲーマーやってないんだよ!」
クロの忠告も聞かず、私は意気揚々と宝箱の蓋を開けた。
「なにが出るかな~」
中は、空っぽだった。
「……は?」
がっかりしたのも束の間、宝箱の内側から禍々しい魔法陣が浮かび上がり、まばゆい光を放った。
「あ、これミミック的なアレか!」
《だから言ったのに!!》
魔法陣から放たれた光が、私とクロの体を包み込む。視界が真っ白に塗りつぶされ、体が宙に浮くような不快な感覚が全身を襲った。
「うぎゃー!」
断末魔と共に、私の意識は急速に遠のいていった。
次回、ヒロイン登場回