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11話:私の触手洗って

 ゼキエルが仲間になって一夜が明けた。


 玉座の間から続く、おそらくは城の主の私室だったであろう豪華な部屋の、ふかふかなベッドの上で目を覚ました私は、大きく伸びをした。


「ふぁ~……よく寝た……」


 昨日の激闘の疲れは、すっかり回復している。


 私はベッドから起き上がると、部屋のバルコニーに出て、眼下に広がる雲海を見下ろした。


 空に浮かぶ白亜の城、アーク・レヴィナ。


 昨日までは凶悪なボスが待ち構えるラストダンジョンだったが、今日からはここが私の城だ。


「うん、悪くない……。というか、最高なのでは?」


 誰にも邪魔されない、天空の引きこもり拠点。これ以上の理想郷があるだろうか。


 私が一人悦に入っていると、フィアと、どこかぎこちない様子のゼキエルが部屋に入ってきた。


「うかな様、お目覚めでしたか。朝食の準備ができております」

「我が神よ。昨夜はよくお休みになれましたでしょうか」

「ん、おはよ。 ……うん、まあまあかな」


 私は二人に頷き返すと、高らかに宣言した。


「よし、決めた! 今日からこのアーク・レヴィナは、私の引きこもり拠点とする!」


《そうだろうとは思っていましたが》


 呆れたようなクロの声が聞こえるが、気にしない。


 しかし、私の宣言にフィアが困ったような顔で口を開いた。


「うかな様、それは素晴らしいのですが……。 このお城、昨日の戦いもあって、かなり傷んでいます。それに、長い間放置されていたようで、埃も……」


 フィアの言う通り、改めて城の中を見渡すと、豪華な装飾のあちこちに亀裂が走り、床には瓦礫や埃が散乱していた。


 これでは、快適な引きこもり生活は送れない。


「申し訳ございません。 管理が行き届いておらず。 このゼキエル一生の不覚!」

「うーん……。しょうがないなあ。それじゃあ、皆で手分けして掃除をしようか!」

《主が働きたくないだけでしょう》

「なっ! ち、違うし! これは、皆の拠点だから、皆で綺麗にするのが当然っていうか……協調性? そう、協調性の問題だから!」


 図星を突かれて、思わず早口になってしまう。


 私の言葉に、フィアとゼキエルは顔を見合わせると、恭しく頭を下げた。


「流石です、うかな様! 『仲間と共に、我らの城を築く』。その深遠なるお考え、このフィア、感服いたしました!」

「はっ……! 神自らが、私に『この城に住む資格がある』と……! このゼキエル、粉骨砕身、神の御心に応えてみせます!」


 二人の壮大な勘違いに、私は内心でガッツポーズをした。


 こうして、天空の城の大掃除が始まった。もちろん、私は監督役として、ふかふかのベッドの上から皆を応援するだけだ。


「フィア、そこ、もうちょっと丁寧に! ゼキエル、やる気は認めるけど、もうちょっとこう、手加減を……」

《どの口が言っているのですか》


 ベッドの上から的確な指示を飛ばす私に、クロのツッコミが飛ぶ。


 フィアはさすがの生活能力で、テキパキと掃除を進めていく。問題は、ゼキエルだった。


「――浄化します」


 凛とした声と共に、ゼキエルが手のひらをかざすと、神聖な光が埃の積もった棚を包み込む。次の瞬間、轟音と共に棚とその後ろの壁が吹き飛んだ。


「うぎゃー!?」

「おお……! 流石はゼキエルさん! 汚れだけでなく、『空間』ごと浄化するとは……! なんという高度な清掃術!」


 フィアはなぜか嬉しそうな顔でゼキエルを褒めたたえている。


《ただの破壊です!》


 壁に大穴を開けておきながら、ゼキエルは「綺麗になりました」と満足げな顔をしている。フィアは本気で感心しているし、もうめちゃくちゃだ。


「ゼキエル、もう魔法は使わなくていいから! 物理でお願い!」

「御意に」


 私が慌てて指示を出すと、今度はゼキエル、床のシミを見つけるや否や、どこからか取り出した槍で床を削り始めた。


「こらー! 物理ってそういう……床に穴が開くでしょ!」

「ですが神よ、このシミは不浄です」

「シミくらい気にしないから! もう! ゼキエルはじっとしてて!」


 結局、ゼキエルはしょんぼりとクロにお説教を受けることになった。


 その結果、増えたのは壁の穴と、床の傷。


「あーあ、余計散らかったし……クロ、あとは任せた!」

《……はぁ。結局、我ですか》


 クロは盛大にため息をつくと、その体を無数の細い触手に分裂させた。一本一本がまるで意思を持っているかのように動き出し、ハタキのように埃を払い、雑巾のように床を磨き、散らかった瓦礫を器用に仕分けていく。その光景は、もはや職人芸の域だった。


「すごい……! クロさん、これぞ神速の清掃術……!」

「私などより、よほど……」


 フィアとゼキエルが、そのあまりの有能さに感嘆の声を漏らす。


 私はふふんと胸を張り、ソファの上で寝返りを打った。


「当然でしょ。クロは私の触手なんだから。つまり、私が掃除してるのと同じなんだよねー」

《どの口がそれを言うのですか! 働かない子はご飯抜きですよ!》

「いやぁー! クロやめてー!」


 そんなドタバタの中、私たちは城の奥に、立派な書庫を発見した。


 膨大な書物の中には、天空人や魔人族の歴史、そして、ゼキエルが仕えていたという天空神が記した日記が残されていた。


 日記を手に取ったゼキエルは、懐かしそうにそのページをめくっていたが、最後のページでその手がぴたりと止まった。


「……これは……」


 彼女の表情が、悲しみから困惑へと変わる。

 

 どうしたのかと覗き込むと、日記の最後のページは、そのほとんどが何者かの手によって乱暴に破り取られていた。


「神の日記の最後が……破られている?」

「え、なになに?」


 フィアと私も、ゼキエルの手元を覗き込む。


 かろうじて読み取れるのは、ページの切れ端に残された、不吉な言葉の断片だけだった。


『……魔人族との戦いは熾烈を極める。しかし、私が真に恐れるのは彼らではない。深淵より目覚めし、全てを喰らう……』


 そこで文章は途切れ、無残な破り跡だけが残っている。


「全てを喰らう……?  魔人族の他に、なにが……」


 ゼキエルの声が震えている。彼女が信じてきた歴史には存在しない、未知の脅威。


(謎解き要素を残すなんて、天空神さん、運営側だね)

《主……》


 クロは呆れたように溜息を吐いた。


「……まあ、今は考えてもしょうがないよ。とりあえず、それ、大事なもんなんでしょ。ちゃんと、持っときなよ」


 重くなった空気を振り払うように、私は努めて明るく言った。


 ゼキエルはハッとすると、私の言葉に頷いた。


「……! はい。ありがとうございます、我が神」


 私の不器用な慰めに、ゼキエルは少しだけ驚いたように目を見開くと、柔らかく微笑んだ。


 すっかり埃まみれになった私たちは、城の巨大な浴場に来ていた。


 しかし、私は断固として入浴を拒否していた。


「やだ! お風呂なんて面倒くさい! クロに拭いてもらえばそれでいいもん!」

「め、うかな様。お体を清潔に保つことも、邪神としての務めですよ」

「神よ、沐浴は魂を清める神聖な儀式。このゼキエルが、誠心誠意お仕えします」

「ほら行きますよー!」

「いやぁぁぁ!」


 フィアに母親のように諭され、ゼキエルに真顔で迫られた私は、なすすべなく両脇を固められ、浴場へと連行された。


「私は邪神だから汚れないもん!」

「そうですね~」


 むくれて頬を膨らませながら、自分でも訳の分からない理屈をこねる私。フィアはそんな私を優しく洗いながら、くすくすと笑っている。


 一方、ゼキエルは善意から、私の体から生えているクロをゴシゴシと洗い始めた。


《いっ……! 痛い痛い! おい、力を込めすぎだ!》

「む……。ですが、汚れが……えいっ」

「うぎゃー! クロの痛みは私に来るんだよ!」

《加減というものを覚えなさい!》

「申し訳ございません神よ!」

《こっちも謝れ!》


 ゼキエルがクロを洗うたびに、その痛みが私にも伝わってくる。


「ええ~ん……フィア、私の触手洗って……」

「もう~しょうがないですね~」


 結局、クロはフィアに優しく洗ってもらうことになり、私とクロは同時に「おぅ……」と気持ちよさそうな声を漏らした。


 なんだかんだで、湯船に浸かると、その気持ちよさにすっかりご機嫌になってしまう。


「極楽~やっぱり日本人はお風呂だよね~」

「うかな様、しっかり肩まで浸かって温まりましょうね」


 フィアの腕に抱かれながら、私は極上のひと時を過ごす。


「我が神よ。 温まる為には十時間ほど浸かるのがよろしいかと!」

「私はとんこつか! 出汁が出るわ!」

「とんこつ……? いえ、これも魂を清める為には必要なのです!」

「私は邪神だ! 魂が清められてたまるか!」


 三人の笑い声が、広い浴場にこだましていた。


 なんとか掃除とお風呂を終えた私たちは、綺麗になった食堂で、初めての食卓を囲んでいた。


 しかし、テーブルに並んだのは、ここに来る前に捕獲し、残していた少量の猪肉を分け合っただけの質素な食事だった。


「うーん……美味しいけど、これじゃあ最高の引きこもりライフは送れない……」


 私の呟きに、フィアが申し訳なさそうに眉を下げる。


「申し訳ありません、うかな様。ですが、この城には食材の備蓄が……」

「フィアのせいじゃないよ。 それに……快適な引きこもり生活には、無限のお菓子とご飯が必要不可欠。 食問題は最優先事項だね!」


 私が力説すると、ゼキエルがおずおずと口を開いた。


「それでしたら、神よ。書庫の記録にありましたが、森と共に生き、大地を育む力を持つという、エルフという種族を仲間に引き入れるのはいかがでしょう」

「エルフ!」


 その言葉に、私のゲーマー脳が反応し、自然とクロをブンブンと左右に振る。


「いいじゃん! 耳が長くて、綺麗で、弓とか使う種族でしょ? ゲームでも大体強いしかわいい!」

《ま~た~そういう~基準ですかぁぁ──揺らすな!》


 私はクロのツッコミを無視して、立ち上がった。


「よし、次の仲間はエルフに決まりだ! 食料担当をスカウトしに行くぞ!」


 最高の引きこもり生活のため、私は不本意ながら、再び城の外に出ることを決意したのだった。


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