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10話:二人目の仲間

 ゼキエルは、夢を見ていた。 それは、主が旅立った後の、永い、永い孤独の記憶。


 魔族の軍勢が、アーク・レヴィナに殺到していた。


「ゼキエル様! 西門が破られます!」

「持ちこたえなさい! 今、援護に!」


 かつては共に訓練に励んだ仲間たちと、必死に城を守っていた頃の記憶。


 その中でも、ひときわゼキエルを慕っていた若い戦士がいた。


「リア! 前に出すぎるな!」

「ですがゼキエル様! 私がやらなければ!」


 まだ幼さの残る顔で、それでも必死に槍を振るうリア。彼女は、ゼキエルに憧れて戦士になった少女だった。


「貴女までいなくなったら、誰がこの城を……神の帰りを待つのですか!」

「リア……」


 その時だった。城壁の一部が轟音と共に崩れ落ち、巨大な魔族がその姿を現した。


「危ない!」


 ゼキエルが叫ぶより早く、魔族の振るった巨大な棍棒が、リアの小さな体を薙ぎ払った。


「……ぁ」


 小さく息を漏らし、糸が切れた人形のように崩れ落ちるリア。


「リアッ!」


 ゼキエルは駆け寄り、血に濡れた彼女の体を抱きしめた。


「ゼキエル……さま……。私は……貴女のように……なれましたか……?」

「もう喋るな! 今、治癒を……」

「いいえ……もう、分かり……ます。……どうか、最後まで……神との、約束を……」


 それが、リアの最期の言葉だった。腕の中で、彼女の体が冷たくなっていく。


「……約束は、必ず……私が」


 その亡骸を抱きしめ、声を殺して泣いた。


 たった一つの約束の為に、戦い続けなければならない。


 仲間が一人、また一人と消えていく。いつしか、城には自分以外の誰もいなくなった。


 後戻りは出来ない。 死んでいった同胞たちの想いに報いる為にも。


 あまりに永い孤独は、彼女の記憶さえ蝕んでいく。


 数百という長い年月が経過した。


 大好きだった主の顔も、優しい声も、だんだんと思い出せなくなっていく。


「私は、何のために戦っているのだろう」


 答えは出ない。ただ、魂に焼き付いた「約束」の二文字だけが、彼女を守護者としてこの場所に縛り付けていた。


「……ん」


 ふと、意識が浮上する。見慣れた天井。柔らかなベッドの感触。


 ゼキエルがゆっくりと目を開けると、自分の記憶が全て戻っていることに気づいた。天空神様との約束も、仲間たちのことも、そして誰もいないことも。


「私は、これから……」


 どうすればいいのだろう。そう思った時、自分の手が、誰かの小さな手と繋がれていることに気づいた。


 隣を見ると、先刻戦っていた少女――うかなが、ベッドのそばで椅子に座り、自分の手を握ったまま、こっくりこっくりと睡魔の中舟を漕いでいた。


「……!?」


 なぜ、敵であるはずの自分が、手当てをされ、こうして寝かされているのか。なぜ、うかなは自分のそばにいるのか。ゼキエルは混乱した。


「……あ、目覚めましたか」


 部屋の入り口に、フィアと呼ばれていた少女が立っていた。彼女は静かにゼキエルに近づくと、うかながずっとそうしていたのだと教えてくれた。


「うかな様を起こしますね。うかな様ー」

「ふぇっ!?」


 フィアに揺り起こされたうかなは、目の前にゼキエルがいることに気づき、ビクッと体を震わせた。


「あ、あの、えっと、おはようございます……!」


 思わず敬語になってしまううかな。最強の邪神の威厳はどこにもない。完全に人見知りモードだ。


 うかなの情けない姿を見て、クロが呆れたように説明を始めた。


《主は、貴女が魘されているのを心配していたのですよ》


 クロの言葉に、ゼキエルは目を見開く。


「……心配、してくれていたのですか。この、私を?」


 ゼキエルは、うかなの顔をじっと見つめる。うかなは気まずそうに視線を逸らした。


 しばらくの沈黙の後、ゼキエルはぽつり、ぽつりと自分のことを語り始めた。


「私は……永い間、たった一人で待ち続けていました。かつての主……天空神様と交わした、『必ず帰る』という約束だけを信じて」


 その声は、ひどく乾いていて、寂しげだった。


「多くの仲間が、目の前で死んでいきました。皆……守れませんでした。それでも、約束があったから……戦い続けなければならなかった」


 夢で見た光景が、ゼキエルの脳裏に蘇る。


「永すぎる時は、私の記憶さえも蝕んでいきました。大好きだった主のお顔も、お声も……いつしか霞んで……。何のために戦っているのかさえ、分からなくなるほどに」


 ゼキエルは、自嘲するように小さく笑う。


「ですが、貴女に敗れたことで……理解してしまいました。主はもう、お戻りにはならない。私の戦いは……もう、とうの昔に終わっていたのだと。 私には、もう何も……」


 守るべきものも、帰る場所も、待つべき相手さえも、もういない。


「貴女たちを攻撃したこと、謝罪します」


 ゼキエルは頭を下げた。


「いやいや! その……こっちこそ、大事な場所に乗り込んじゃってごめんなさい……」


 うかなも、フィアも、自然と頭を下げていた。


「……この城は好きにして頂いて構いません」

「え!? い、いいい、んですか? その、た……たいせつ、な場所では?」

「いいんです……もう……いいんです」


 全てを失ったゼキエルの瞳は、あまりにも虚ろだった。


「ゼキエルさん、はこれから……ど、どうするの?」


 うかなの問いに、ゼキエルは力なく首を横に振る。「分かりません」と。


 その姿に、うかなは前世の、誰にも必要とされず、ただ部屋の中で息を潜めていた自分を重ねていた。

 誰も来ないのに、誰かがこの場所から助け出してくれるんじゃないかと思う空虚な期待。


「じゃあさ」


 うかなは、少しだけ勇気を出して、彼女の手をもう一度握った。


「私の仲間にならない? ゼキエルさん、すっごい強いでしょ。あなたがいれば、私はもう戦わなくて済むし、安全に引きこもり生活が送れると思うんだ」

《どんな誘い文句ですか》


 それは、邪神らしからぬ、あまりにも自分勝手で、怠惰な勧誘。


「あ、えっと、私は引きこもるのが大好きだから、絶対家からいなくならないって言うか、ここにいるよ!」


 その言葉を聞いたゼキエルの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


「……ふふっ」


 彼女は、初めて穏やかに微笑んだ。


「はい、喜んで。――我が、新たなる神よ」


 こうして、元最強のボスキャラが、うかなの仲間に加わった。


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