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1話:このクソゲーはリセマラできますか?

お読み頂き、ありがとうございます。

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よろしくお願いします!

 私はゲームが好きだ。 自分があたかも物語の主人公になったみたいに冒険できるから。


 映画はもっと好きだ。 自分があたかも他人に生まれ変わった気がするから。


「あー、だる……。コーラ、切れた……」


 モニターの光だけが、カビ臭い空気に満ちた六畳間を照らしている。


 壁にかけたまま、卒業式の日まで袖を通すことはないであろう制服が、白い亡霊のようにぼんやりと浮かんでいた。 薬の袋、エナジードリンクの空き缶、コンビニ弁当の容器が作り出すゴミの山。


 ここが私の世界であり、私の城だった。


 億劫な体を叱咤し、軋む関節を鳴らしながら、私はゆっくりと立ち上がる。 たったそれだけの動作で、心臓が悲鳴を上げた。生まれつきの虚弱体質というのは、人生というゲームにおける、どうしようもないクソみたいなデバフだ。


 その、瞬間だった。


「へぶっ!?」


 無数に伸びるケーブルの一本に足を引っ掛けた私は、あまりにもあっけなく、無様に床へと突っ伏した。 


 頭部を強打し、鈍い痛みとともに急速に意識が遠のいていく。


(え、うそ。昨日ドロップしたレア素材、まだ換金してないんだけど……)


 霞んでいく思考の中、私が最後に抱いた感情は、死への恐怖ではなかった。


(てか、コードに引っかかって死ぬとか、どんだけ雑魚なんだよ……。願わくば、来世はまともな肉体を……)


 二牟礼うかな、16歳。 職業女子高生兼引きこもり。 花のJKライフを安全だと思っていた空間だけで過ごしていた。 しかし、どうやら安全ではなかったらしい。


 長い、長いロード時間だった。次に目が覚めた時、私はひんやりとした硬い石の台座の上にいた。視点が異常に低い。手足の感覚がない。というか、自分の体が見えない。どうなってるんだ、これ。まるで初期設定が終わっていないアバターのようだ。


 周囲を見渡せば、そこは薄暗い洞窟のような場所で、床には禍々しい紋様の魔法陣が描かれていた。 


 そして、私の周りをぐるりと囲むように、黒いローブを着た人たちが、何か厳かに呪文のようなものを唱えている。その声は、質の悪いサラウンドスピーカーのように、洞窟内に反響していた。


(……ああ、なるほど。完全に理解した)


 どうやら私は死んで、異世界に転生したらしい。よくあるやつだ。あのクソ雑魚ボディじゃ遅かれ早かれ死んでたし、そこはまあ、百歩譲って許そう。


 許すけど、これはない。


 転生先がこの黒くてドロドロしたスライムみたいなのって、どうなの!? グラフィックの作り込みはすごい。リアルすぎて、逆にちょっと引くレベルだ。


  ただ、全然可愛くないし、初期アバターとしては完全にハズレだ。メニュー画面はどこだ。ログアウト! ログアウトさせろ!


 てか、神がいるなら出てこい! いや、出てきてください! 人間ですらないじゃん!


 私が内心で絶叫していると、ローブの人たちが一斉にひれ伏した。


「おお、邪神様! 我らが主よ! どうかこの腐った世界に、終焉の鉄槌を! 世界に滅亡を!」


「は?邪神? 世界に滅亡?」


 思わず声が出た。いや、声というか、そんな感じの意思が体から漏れた。


「はい!あなた様はこの世界を支配する邪神様なのです!」


 私が神だった。 しかも、邪神。 まぁ、そこは置いておいて。


「いやいや、世界の滅亡? いきなりラスボス倒せみたいなこと言うじゃん。無理無理、どう考えてもレベル1でしょ、私。見てよこの体……体? 液体? そこはいいや。 そもそも、そういうのはエンドコンテンツって言うんだよ。まずはチュートリアルからだろ、普通」


 私のまくし立てる様な返答に、ローブの集団がざわめいた。


「え、えんど……こんてんつ……?」

「ちゅーとりある……?」


 おっと、専門用語が全く通じていないらしい。学校でもこんな話し方して友達出来なかったな……。


 ローブのリーダー格と思わしき男が、一歩前に進み出て、恐る恐る私に問いかける。


「邪神様……それは、我らに与えられし試練ということでございましょうか……? まずは『ちゅーとりある』なる儀式をこなせと……?」


(うわ、なんかすごい深読みされてる……)


 面倒くさいことこの上ない。素人に説明してもどうせ分からないし。


「あー、もういいや。とにかく世界の滅亡とか終焉とか無理だから。さっきまで家に引きこもってたただのJKだし。はい、この話おしまい。解散、解散」


 私がぷるぷると体を揺らして追い払おうとすると、ついに一人の男の堪忍袋の緒が切れた。


「この邪神は失敗作だ! 神の器に、不純な魂が混じりおった!」


(うわ、すごい怒るじゃん……)


 男はそう叫ぶなり、錆びついた剣を抜いて私に襲いかかってきた。


 ゲーマーの常識が通用しない相手を前に、私の思考はフリーズする。


「うぎゃー! こんなのバグってる! いきなり攻撃してきた!」


 パニックになった、その時だった。


 私の体から、にゅるり、と何か生温かいものが伸びる感覚。次の瞬間、漆黒の触手が勢いよく生え、ローブの男を正確に貫いた。


 男の体から、生々しい血が噴き出す。


(うわっ、キモ! なんか生えてきた! てか、グロ! 絶対CERO Zでしょ! 私、そういうの苦手なんだけど!)


 あまりの展開にドン引きしていると、脳内に直接、低くて不機嫌そうな声が響いた。


《案ずるな、主よ。我が貴様を守る》


「え、喋った!? もしかして、これが初期装備の『伝説の触手』的なやつ?」


 私が呆気に取られていると、仲間を殺された他のローブたちも一斉に武器を構え、殺気立った。まずい。


「ちょっ、触手さん! あんたがいきなりあの人刺すから、みんな怒ってるじゃん! どうしてくれんの!」


 完全に責任転嫁である。だが、触手さんは特に気にした様子もなく、「主の仰せのままに」とでも言うように、しなやかな鞭のように宙を舞い、残りの教団員たちを次々と、それはもう手際良く無力化していった。


 阿鼻叫喚の地獄絵図を前に、私はただただ呟く。


「おえぇ……。だからグロいの無理だって……。後片付けどうすんのこれ。血とか飛び散ってるし。触手さん、片づけて」


 静寂が戻った祭壇で、触手さんは私が邪神であること、ここは異世界であることなどを、丁寧に説明してくれようとしていた。

 

 でも、そんなことはどうでもいい。


「お、スキル覚えた。『吸収』『自己再生』『触手操作』『形態変化』『邪神の権能』……なにこれ、使えんの?」


 私は、触手さんのありがたい説明をBGM代わりに聞き流しながら、目の前に浮かんだ半透明のウィンドウをいじるように、自分の能力を確認し始めた。なるほど、これが私のステータス画面か。HPもMPも最底辺だけど、まあ、レベル1だしな。ちょっと経験値が入っているのはローブの人たちを倒したからだろう。雰囲気はあったのに効率悪いな。


 肩書に【邪神】としっかり明記されている事から、私は本当に神様になってしまったらしい。 それも、たぶんあまり良くないタイプの神様だ。


 ただ、異世界転生らしくなってきたことに内心ワクワクしている自分もいる。 


「我が主よ。聞いているのですか?」


「ん、なに触手さん?聞いてなかった。てか、いちいち触手さんって呼ぶのだるいな……。うん、見た目黒いし、今日からあんたは『クロ』ね」


《なぁ!? 我は■■の化身、破壊の先触れたる存在ぞ!クロとはなんだ!》


「うるさいな、クロはクロでしょ。決定。異議は認めない」


 うねうねと物申したい気持ちを我慢しているのがハッキリと分かる。それもそうか、私の体の一部だし。


《主よ! 我ら邪神の使命は、この世界に終焉と破壊をもたらすこと!あらゆる生物たちを支配──》


「面倒くさいから却下。そんなことより、安全な引きこもり部屋を探すのが私の最優先クエストだから。終焉とか、支配とか、邪神とかすこぶるめんどくさい。とりあえず、ここから出よ。……あ、この体で移動するのだるい。クロ、運んで」


 クロがまたわなわなと震えているのが気配で分かったが、知ったことではない。私はスライム状の体を、クロにだらしなくもたれかからせた。


 今日は色々ありすぎてもう疲れたのだ。


 クロに運ばれながら、私はふと思いつく。


「てか、このスライムボディ、移動もままならないとかクソスペすぎでしょ。せめてまともなアバターにキャラクリさせてよ」


 そういえば、『形態変化』のスキルがあったはず!


 私は『形態変化』スキルを、思いつきで発動させてみた。


 禍々しい光が私を包み、体が再構築されていくのを感じる。手足が生え、視点が高くなっていく不思議な感覚。


 光が収まった時、そこにいたのは、黒髪赤眼の、小さな女の子だった。うん、まあ、これならマシかな。背中から相棒の黒い触手がにょっきり生えていることを除けば。


 私は仰向けの状態で、洞窟の天井のシミを数えながら、うねうねと動く触手に運ばれる。


 人間の姿になったとて、前世の名残で歩くのは嫌いなのです。


 あ~この触手めっちゃ便利じゃん。一家に一触手は欲しいかも。


 こうして、世界で最もやる気のない邪神は、人知れず受肉を果たし、記念すべき第一歩を――クロに運ばれながら、踏み出したのであった。


 二牟礼うかな、16歳。 職業元女子高生兼邪神として。

次回、邪神の力が垣間見えます

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