第9話 夜のひととき
しばらくすると扉が開き、誰かが入ってきた。メイドが何かを持ってきてくれたのかと思ったが、その人影が徐々に近づいてきて覆いかぶさってきた。久々に金縛りにでも遭ったのかと思ったがソフィアだった。気が付くと同時に口を塞がれ、何かを流し込まれた。
「……ん……ああ……。ソフィア、積極的なのは歓迎だが、何を飲ませたんだ?」
「解毒剤を飲ませたんだ。酔いつぶれているなら何も出来ないと思って……はあ……」
「解毒剤? 酔い覚ましみたいなものか? それだけ顔が赤いと媚薬じゃないのかと思ってしまうが?」
「……それは、恥ずかしいし。ねえ、ライリー。今日は町を見て回ってどうだった?」
「前の世界じゃ考えられない、ファンタジー世界のような光景だったな。雰囲気もいいし、これなら一生、いられそうだ」
「よかった。私とも一緒にいてくれるよね?」
「そりゃ、ソフィアがどこかへ行かない限りはな。それと、ずっと一緒にいられるかという話はあまりしないようにしてくれ」
「え? なんで? いられなくなるの?」
「そうなんだよ。前の世界ではどういうわけか、ずっと一緒にいてとか、一生、友達でいてとか、そういう話を何度かした人物はみんなおかしくなってどこかへ行ってしまっていたんだ」
「不思議だね。でも本当にみんなおかしくなったの?」
「いや、俺が三二歳になる年だったかな。その年以降に出会う人物だと同じような事を言われてもおかしくなってどこかへ行ってしまうとか、そういう事はなくなったんだ。
それまでに出会った人物でも、この年以降に同じような事を言ってきた場合もやはりなかったな。俺も知り合った人がそんな事になるのも嫌だからなるべく言わないようにって言っているんだ」
「ねえ、それって一生友達でいて欲しいって言った人の方が去っていく確率が高くなかった?」
「正解だな。どうして分かったんだ?」
「それって、自分の都合の良い友達になってほしいって意味なんじゃないかな? それに裏切らないでっていう念押しみたいなものもあると思う」
「言われてみれば支配欲が強かったと思う。一人は俺も本当に親友になって一生、友人で居続けると思ったのに結婚した途端におかしくなったんだ。思い出を裏切ったとか言って会いに行ってもすぐに逃げるようにどこかへ行くし彼の周りの人間も徐々に今までと違うタイプの人間に変わっていった。
もう一人は一生、一緒にいて欲しいって言ってきた人物なんだが、こっちは家の縛りがきつくて身動きが取れないみたいに言っていて約束もしょっちゅう、すっぽかしていたな。
この人物も徐々に交友関係がおかしくなっていって、趣味の事でバカにされたままじゃ気が済まないから見返してやるとか言っていたな。そこからは連絡しても返事がないしどこへ行ったのかも分からなくなったんだ。
後で聞いた話だと職を転々としてから結婚したという話を聞いたが、その近所の住民からはあんな裏切者が幸せになるわけないって言われていたな」
「私はそんなに人が信用出来ないなんて可愛そうだって思うよ。その二人はきっと人に裏切られて辛い経験を何度もしたから信用がほしかったんじゃないかな?」
「それがな、不思議な事にこの二人は俺に財布を中身をそのままで委ねて買い物をしておいてくれとか、間違えたら危ない事になる手続きとかを任せてくることもあったんだ。
なので、依存心が強かろうが信頼してないと危ないことまで任せられる事は普通はないからまさかこんな事になるとは思いもしなかった。俺も心の底から悲しかったな」
「う~ん。その人たちって途中まではライリーの事を信頼していたと思うんだけど、何かその人たちにとって期待外れな事をしたから裏切られたみたいな事になったんじゃないかな? 多分、裏切られ続けたから感情的になって裏切られた証拠が出来たみたいに思い込んだんだと思う」
「それも酷い話だよな。俺は期待外れな事があってもそれはその人の性格や行動の癖から出るものであって仕方ないところもあるくらいに思っていたが、それで裏切ったと思って離れていくとか俺の心の負担も考えてほしいもんだ。
それを考えるとソフィアはよく分かっているよな。前の世界では俺の前に現れる本当に良い女だなって思える人はみんな男が居たか結婚していたんだが、そうじゃないのはソフィアだけだ」
「も……もう恥ずかしいよ。そんなに褒めても……。ねえ、やたらと他の女の人も褒めていたけどどうしてなの? ハーレム願望でもあるの?」
「無いと言えば嘘になるが、俺は心から可愛いなとか美人だなと思った人じゃないと見た目を褒めないようにしているな。というのも、昔、そうでもないなと思う相手にリップサービスとして褒めたら陰口を叩かれた。
その後も多分、こんな事をするのはこの人物だけだろうと思って違う人にもリップサービスをした。すると悪い評判を流されたという事があってな。それ以来、本当に褒めたいという人以外は褒めないようにしているわけだ」
「それも酷いよね。気を使った相手を陥れるとかどうかしてるよ。貴族の間ではリップサービスなんていつもの事だし、ある程度はできないと会話が成り立たない事もあるよ。
それ、何かおかしいよね? もしかして世辞を言った後に誰かが余計な事でも言ったのかも」
「俺には何の権力もなかったし、そんな余計な事をいう必要は何もないと思うんだが言ってたのかもな。でも何を言うんだ?」
「ねえ、ライリーって本当にモテないって心の底から思ってない?」
「そりゃ、こんな酷い目にばかり遭うんだからモテないんじゃないのか?」
「自分だけが独占したくて悪い評判を流していたとしたらどう?」
「まさか。どう見てもアイドルとかが好きそうだったぞ。あ~……こっちで言うイケメンの舞台俳優とかがそうかな。そんな顔してないだろう?」
「やっぱり、勘違いしてる。写真を取った時に俳優みたいとか言われたことない?」
「あるけど、それこそ社交辞令だろう?」
「……もう、なんて言っていいのか私も分からないよ。どうしてそんなに自分がモテない方がいいの?」
「良くない。俺はとにかくモテたい一心で色々やった。出会いを探すサービスを使ったり、友人に紹介してほしいって言った事も何度もある。でも、その度に失敗する。というか、見つかりもしない。
仕事で地域の権力者だった人がいて結婚しているのかを尋ねられたがしていないって答えたら、紹介できる人が一五人くらいいるというので連絡先を渡してお願いしますって言った事があったんだ。
でもその一か月後にまた会うと、全員ダメだったって言っていたんだ。しかも会いもしない。おかしくないか」
「それは、出会い運がどうかしていたんだよ。それにきっとライリーとは違うタイプの人が好きな人ばかりだったんだと思う。例えば軽い人とか、この国ではまず聞かないんだけど、貴族令嬢とかってたまに金遣いが荒くて借金まみれで酷い扱いをしてくるのが好きっていう人もいるんだ。
それこそ、さっき食事中に言っていた荒っぽい人生に憧れているってやつじゃないかな?」
「言われてみれば俺との連絡先の交換を拒絶したのが付き合っていた男はみんな転職を繰り返していたな。権力者の知っている人というのは、もしかしたらみんなお金持ちだったのかもしれないな」
「かもしれないね……なんかもう眠くなってきた…すー……」
「寝たか。寝たふりかもしれないがとりあえず彼女の寝室に運ぶとしよう」
(何で気が付いているなら、何もして来ないの! こんなにグイグイ行ってるのに!)
ソフィアを寝室に運ぶとライリーはそのまま眠った。今日だけでも多くの出会いがあった。皆、良い人で良かったと思うのであった。