第75話 くつろぎの館
王国にやっと帰還できたと思ったら魔族領のしかも最深部に行かされるというキツイ仕事をしたライリーは数日の偵察任務を経てやっと休めると幸せな気分で屋敷に戻った。
そこにあるのはさっきまでいた魔都とは全く違う清潔感溢れる住環境に鼻が落ち着くとはこの事だろうか。不快な臭いが無いというのはこんなにも快適なのかと思いながら廊下を歩き、浴場へ向かった。
すると、珍しくソフィアも入ってきた。珍しくと言ってもこの屋敷の浴場は数えるほどしか使っていないのだが。
「あの街に居ると気分も重いが常に体が疲れる感じがするんだよな。それにこんな綺麗な浴場は無かったと思う」
「そうなんだ。向こうではお風呂は入らなかったの?」
「いや、小さい風呂が妖精のアジトにあってそれには入ったな。小さいと言っても向こうの世界の会社勤めの頃に嫌がらせで行かされたところの風呂よりかは広かったけどな」
「へえ。向こうの街のアジトか。どんな感じなんだろう?」
「まあ、あの街はどこに行ってもグレーがかっている感じがするというか暗い感じがいつもしていたな。朝になっても清々しさというものが無かった。
アジトも木造の部屋でボロいなって感じがしたぞ。ある意味、味があるという感じでもあったけどな」
「そうだったんだね。私もそのうち行く事になるだろうから見るのが少し楽しみでもあるね」
「そうか? まあ、何だな。向こうの世界でもいつも綺麗で良い環境に居た人間ってのはそういうところに行ってみたくなるって言っていたな。
それにしてもこの国はこうして混浴でもみんな平然としているから良いな。俺が前の世界で居た国は混浴が無いところが一般的でな」
「そういばライリーの居たところは男女別が一般的って言ってたねえ」
湯船に浸かり、くつろいでいると奥からメイドのエミリアが歩いてきた。
「お二人とも入っておられたのですね」
「ああ。さっき、魔族の王都から戻ったところだ。そうそう。あの街に魔貴族の凄腕アサシンが居たぞ」
「おそらく彼の事だと思います。名前は名乗らなかったでしょう?」
「ああ。名乗っていなかったな。調べたらすぐ分かるんだろうが」
「それが偽名がいくつもあるので千里眼でも使って調べないと正確な名前は分からないでしょう」
「まあ、知ったところで向こうで作戦行動を共にする事があっても偽名で呼び合うだろうしな」
「ええ。そうなるでしょう。彼は相変わらず汚い飲み屋に居ましたか?」
「最初に出会ったのがその汚い飲み屋だった。あれだけ臭いのに酒の香りが分かるみたいで凄い嗅覚だよな」
「魔族なのでコントロールしていたのでしょう。あの街はどこに行っても臭いのである程度はそういう能力がないとアサシンだと特に致命的な事になる事もありますから」
「それもそうだよな。もう行きたくないけどな」
「そのうち行く事になると思いますよ。次の偵察任務からは私も同行しましょうか?」
「任務の内容次第だろうが来てくれた方がいいな。今回の任務は男くさい任務だったな。途中で猫妖精が合流したがそれ以外全て男だった」
「それはむしろ都合が良かったと言えます。あの街ではカップルで行動していると絡まれやすくなる場合があるので偵察任務であればなるべく男同士で固まっていた方がいいでしょう」
「まあ、そこは認識阻害の魔道具とかあるだろうし変装すりゃいいだろうしな。エミリアは俺たちと行くとすれば男装するのか?」
「ええ。私であれば男装が無難でしょう。ソフィア様の場合は可愛らしいので男の子の姿にしたらしたで面倒な事になるかもしれません」
「それは俺も思う。誰かの娘という事にして普段は魔道具で姿を隠しておくとかそういう運用になるかもな」
「おそらくそうなるでしょう」
話を聞いていたソフィアは言った。
「私、そんなに子供っぽいかな?」
「ああ。俺はソフィアは年齢より見た目が若く見えるんだが、この世界ではそういう人が多いのでよくわからん」
「ソフィア様の場合、可愛さが優っているのでそれをどうするかという事になります。例えば姿を見せた方が都合がいい場合は誰かの息子のフリをしたり、娘のフリをしたり。
場合によっては浮浪者に変装してもいいかもしれません。貴族の気品は隠せないかもしれませんがそこは誰か協力者がいれば何とかなるかもしれません。腕の見せ所です」
「まあ、出来ればそんな事は……あ、そうだった。次の街はスパイが多い街だとか言っていた気がする。となると早速、出番があるかもしれないな」
「それだと十分にあるでしょうね」
「ねえ、ライリー? もうのぼせてきちゃったよ。二人は何ともないの?」
「いやあ……。もう熱いな俺も出よう。私は浴場の確認をしてから上がりますね」
そう言うと風呂から上がり、バルコニーで一杯する事にした。
◇◇◇
夜風が心地良い、月明りで照らされたバルコニーで二人はバスローブ姿で佇む。ライリーはビールを、ソフィアはジュースを持ってきた。
「この心地よい夜風に爽やかな香りのこのビール。実に美味いな」
「涼しくていいね。魔族領でもお酒は飲んでいたの?」
「飲んではいたがあまり飲めなかったな。何せどこ行っても臭いし死体は転がっているし吐かないように気をつけないといけないしな」
「それは気持ち悪くなっちゃうね。でも、向こうは夜の店が多いんでしょ? カセムは喜んでいたんじゃない?」
「ああ。喜んでいたな。最後に行った店なんて美女のチャージがあったんだが頼まなかったのに生きている感じがするって喜んでいたぞ」
「それは意外だよね。だって、美女の人とかが居る事が楽しむ前提みたいな感じがしたから。雰囲気で楽しんでいるのかもしれないね?」
「多分、そうだろうな。まあ、もしかしたら何か心の穴みたいなのがあってそれを埋めるために飲み屋が好きになっているという可能性もあるがな」
「それは私も思った。何か、心から楽しんでいるのとは違う感じがしたよ。雰囲気にあてられてそこから徐々に盛り上がっていくとかそんな感じがしたよ」
「多分、そういう事だと思う。まあ、俺もそうだったんだよな前の世界では。よく会社の先輩に飲み屋とかに連れて行ってもらったが何か心から楽しめないんだよな。
今にして思えばこの世界にきて気が付いたんだが環境が良くて愛し合えるような人間が居ればそれがきっかけになって楽しめるという感じがしたな」
「それって私のこと?」
「もちろん」
月明りの下、見つめ合う二人。月の穏やかな光が二人を祝福しているようである。その光はまるでソフィアにヴェールを纏わせるようであった。




