第70話 因果応報
悪事を働く者には天罰が下る。これは当たり前の事だがどうしても納得がいかない人間が居るのは確かな事だ。
レベルの低い人間には天罰が中々、下らない。それはまるで誰かが悪事を働く事が悪い事だと時間をかけて教えているかのようである。
また、天罰が下ったところで理解できる能力が必要である。それも出来ない人間は分かりやすい天罰ではない何かが起こったり、時が来ればまとめて試練となって訪れるのだろう。
今宵はそれが起こるであろう夜になりそうだ。偽チョーカーの工房を押さえ、貧民を自分の欲望のために更に追い込もうと画策する悪意に包まれた女が地獄へ行く時間が徐々に迫りつつあった。貴族たちの話し声が聞こえる。
「あの女は偽のチョーカーを集めてバカ共に売りさばくつもりなのか?」
「ああ。そんな事を言っていたね。あんなものに頼らないといけないほど心が貧しくなってはいけないよ」
「それは君が侯爵家の子息だからだろう。貴族と言えど国の道具でしかない者は多い。何か頼るものが無いと不安になるのだ。だからこそ利用しやすいのもあるがね」
「では君はあの偽物が役に立っているとでも言うのかい?」
「心を落ち着かせる役には立っているな。あと、見る目が無いという目印を自ら身に着けているというな」
「ああ……物欲に忠実であり、我欲のままに生きる彼らに幸あれ」
上品そうに気取っている貴族がワイングラスを掲げた。その様子と会話を聞いていたアサシンは独り言を言った。
「何が幸だクズ共が。さて、あの女はそろそろ寝室に行った頃か?」
貴族らの会話を盗み聞きした彼はそのまま廊下を進み、女の寝室へ向かう。贅を尽くした煌びやかな装飾で彩られた廊下なのにどこか下品で薄汚れた感じがするのはこの国の貴族の心の汚さが染みついているのだろう。
どんなに取り繕っても表現できない真の高級さとは心の美しさと善意に満ちた好意である。その姿こそ、どのようなみすぼらしい恰好をしていても隠せない輝きを放つ。
この国にはそのような民が居れば格好の餌食になる。悪者にとっては居ては困る存在になるからだ。
だからといってこのアサシンの彼がそういう存在なのかというとそうではない。今は結果的に善行に見えなくもない行動を取っているに過ぎない。彼は部屋のドアを開け、女に挨拶をした。
「こんばんは。月明りの夜に咲く気品ある華。それはあなたのような美人の事を言うのでしょう」
「お上手だこと。ところであなたは侯爵の御子息の友人なのかしら?」
「ええ、そうです。お恥ずかしながら、あなたのあまりの美しさに惹かれ手足が勝手に動いてしまった次第です」
「そう。あなたイイ男ね。こっちへ来なさい」
女に招かれた彼はそのまま女と口づけをし、ベッドに横たわる。このままお楽しみの時間を過ごすのかと思いきや、すかさず腰に手を廻しナイフを袖口に仕込んだ。
女の体をうつむせにして寝かせ、尻に手を置き股に左手を伸ばしたと思いきや瞬時に女に被さり、動けないようにした。
そして目にもとまらぬ速さで頸動脈から気道を突き、無音のままあの世へ送った。彼はそのまま死体をシーツでくるんでクローゼットに押し込み、新たなシーツをマットを裏返してから敷き、何事も無かったかのように部屋を出た。感心したライリーは言った。
「見事なもんだ。あれは本物のアサシンだな。でもよ、あの手の女は普通、警戒心が強い。何であんな簡単にいったんだ?」
「う~ん。分んないにゃ。凄いイケメンに変装していたし、もしかしたら侯爵家の親族の誰かに似ていたのかもしれないにゃ」
「ん? 彼は何かジェスチャーをしているのか?」
「ああ。あれは魔族領でおなじみの信号にゃ。えっと……今日の仕事はここまでだ。その高台……から、南に行ったところに……酒場があるから一杯やろう、だってにゃ」
高台から南に降り、彼の言う酒場を探すとすぐに見つかった。立地が良いためかかなり高そうな雰囲気の店である。
このあたりなら店の前に立っていても問題は起きなさそうなのでしばらく彼を待っていると昨日、見た黒い外套にフード姿でやってきた。
「こんな高そうな店でそんな恰好で追い出されたりしないのか?」
「大丈夫だ。高そうだからこそ身分を隠して来るヤツも多いからな」
なら良いかとそのまま店に入り、個室が無いか尋ねるとあるというので案内してもらった。
個室に入るとそこにはメニュー表と料金、それに美女のチャージの案内があるが美少女が既に居るので断った。
「美少女だにゃんて……まあ、いつも可愛いって言われるけど」
「昨日の裏路地を歩いていたら毎秒、襲われそうな美少女だし相当、可愛いぞ。襲われそうになった事ないのか?」
「魔道具を使って姿を隠してるから無いにゃ。それでも万が一、効果が切れたりした時のために毛色が灰色になる魔道具も使っているにゃよ」
「そこまでしてこんなところでお仕事とは実にご苦労なこった」
「まあでも、ライリーの居た前の世界みたいに逃げ道が無い世界じゃないから大丈夫にゃ。私たちは妖精界にも行けるし、王国へもすぐに転移魔法で転移できるにゃ」
「そうなのか。なら安心だ」
メニューを見ていた二人は注文をはじめた。ライリーも今日くらいはいいかと強めの酒を頼んだ。
「さて、高え酒が来た。乾杯しよう」
そう言うと四人は乾杯をした。ふと見ると猫妖精は少女の姿なのにウイスキーを飲んでいるではないか。
「おいおい。美少女ちゃんなのにウイスキーを飲むのかよ」
「大丈夫にゃ。私は五十歳を超えているから飲んでもいいにゃ」
「こんなに可愛いのに合法なのか」
「……しょうがない子だにゃ。お姉さんが相手してあげるにゃ」
その様子を見たアサシンは香を炊いてもいいかというので、いいぞと言ったらタバコを吹かしだした。
すると紅潮した表情をしていた妖精はふっと静かになった。どうやら酒で興奮するようだがタバコで押さえられるようである。アサシンは言った。
「猫はすぐに盛るからいけねえな。そう言う店で働きゃいいんじゃねえか?」
「む。ダメにゃ。誰でもいいわけじゃないにゃ。それはそうと、あの距離でどうやって私たちを見ていたのにゃ?」
「ああ。それはコイツだよ」
そう言うと彼は頭部にフェロニエールのような金属製のネックレスのような魔道具を装着しているのを外して見せた。
「この金属の紐が魔法防御効果があって、この宝石は意識すれば千里眼を使えるようにする魔道具だ」
カセムは驚いた様子で言った。
「おいおい。コイツは王国製の魔道具じゃないか。どうしてこんなものを?」
「ああ。ある貴族が隠し持っていたのを拝借した。何でも王国貴族に密輸をしていたヤツでその見返りの品だって言ってたな」
「なるほどな。こんなところで繋がりが出来るとは」
「いくら王国軍人相手だからって言ってもコイツは渡せねえぞ?」
「ああ。いい、いい。お前程の実力者でこの猫が近くに居るのに何も起きない地点で間違った使い方をしている訳ではない事が分かるからな」
「ちょうど妖精が居てよかったぜ。時々、俺を見ているのはお前だろ? 流石に気が付くってもんだ」
「普通は気が付かないようにしているのにやっぱり気が付いたかにゃ?」
「そりゃあな。でも俺は正義の味方じゃねえ。正しい事をしているとも思っていない」
「それは妖精の長も分かっているにゃ。でもこの魔族領が進化するには仕方のない事の一つだとして見ているのにゃ」
「つってももう何百年、同じような事を続けてるんだよこの辺りの連中は。俺も人の事は言えねえけどな」
彼も酔いが回ってきたのか饒舌になる。確かに悪いヤツであるという気がしない人間である。そもそも人間なのか? 館に潜入していた時とまるで姿が違う。
それについて気になったライリーは酒を飲みつつ、尋ねようと考えていた。




