第7話 優しい国
屋台で買ったビールを飲み干し、余韻に浸っているとソフィアが話しかけてきた。
「どうしたの? 幸せ過ぎて思考が停止したの?」
「いやな。このお金が前の世界で手に入っていたらどんなに幸せだっただろうかと考えていたんだ。その後に走馬灯のように前の世界での出会いのあまりの無さとかに辟易していたところだ。
あの世界ではお金がある時に出会いが増える人と、お金が無い時に出会いが増える人と……まあ、人によって違う事だが、俺は大金を手にしていても出会いがあって幸せがあったのかと思ったな。まあ、前の世界での大金が欲しかった理由は生活費を稼ぐ能力がなくなってしまったからというのもあるが」
「そうだよねえ。どうしても必要なものだからね。そういえばこの世界だと仕事を紹介する時は魔法で適正とかを調べてから紹介するから向いていない仕事を嫌々している人ってほとんどいないんだけど、ライリーのいた世界はそうじゃなかったの? ライリーが仕事の話をしている時って三〇〇年くらい前の労働者の話を聞いている気分になるよ」
「俺のいた世界はそもそも魔法が無いのと、適性検査もありはしたが、俺は楽しく仕事をしている人ってのはあまり見た事が無かったな。それにやりたい仕事があっても、学歴が高くないと雇われなかったり、大金を積んで資格を取らないとできない仕事とかもあったな。
この世界で嫌々仕事をしている人が少ないということは多分、この世界の方が見た目より文明レベルや人々の精神性が高いんじゃないかと思う。こうやって通りを行き交う人々を見ても、心から幸せに暮らしているって感じがするな」
「やっぱりそうだったんだ。この世界でも三〇〇年くらい昔はそんな感じだったんだよ。給料の良い仕事に就きたいからと、良い学校を出て、大金を積んで資格を取ってもお金のためであって、本当にやりたくてやってるんじゃないって人は仕事に疲れて転職を繰り返すケースが後を絶たなかったんだ。安い給料で奴隷のように扱われる人も多かったし」
「へえ。この世界じゃ昔話なんだな」
「そんな状態がずっと続いたある時、国力がかなり落ちて他国からの侵略を受けそうになった時があったんだ。さすがに国王もこのままではまずい事になるからと国を総力を挙げて立て直す事にしたんだ。
その時に最初に目にとまったのは国民が苦しんでいるという一番肝心だけど見落がちなところだったんだ。今も貴族制だけどあの当時は貴族の独裁制とでも言う状態で国民の金は貴族のものと言わんばかりに重税を課して吸い上げては自分たちは関係ないと贅沢三昧の日々を送っていたんだ。
国民をないがしろにする国に未来はないと思った国王は、国民皆に等しく価値を見出す政策をすれば国民は自ずと生産性を高め、貴族に立ち向かう以上の事が出来る。そうすれば国の価値も上がると考えたんだ」
「そこで適正を見極めて適材適所に配置しようという事になったのか?」
「そう。まずは、役場や企業に鑑定魔法が使える魔術師やプリーストを派遣してそこでなるべく多くの人を鑑定していったんだ。当時は鑑定魔法を使われるのは心を覗かれるみたいで怖いって思っている人が多かったからあまり一般的に使われているものじゃなかったんだ。鑑定結果は国民ならみんな持っているカードに記録されるよ。
鑑定魔法で分かるのは大まかな特性や隠れた才能、向き不向きとかだったんだ。それが終わると次は実際に向いていると出た結果を参考にしていくつかの仕事を体験してもらって、納得したところで働いてもらうようにしたんだ。
徹底した適材適所の労働で生産性がどんどん上がって国力が回復していったんだよ」
「となると、次はお金の問題だな。職種や労働時間によって差が出るのはある程度は仕方無いにしてもやる気を維持するには不平等感は減らした方がいいだろう」
「そう。だからキツイ仕事だけど高い給料が払えないという仕事とかは国営企業にしていったんだ。国営企業だと貴族が好き勝手していそうだけどこの段階だともう貴族の権力は大分落ちて、法整備もされて国民の不利益になるような事は出来なくなったから、奴隷のようにこき使われる人はほとんど居なくなったんだ」
「それは素晴らしいな。でも、それだけ国民の給料が上がると貨幣価値が急激に変わる事が起きやすくなるがそれはどうしたんだ?」
「それはね、この世界では他の国との貨幣価値が極端に変わらないように調整するシステムがあって国の中でもほとんど一定になるようになってるんだ。だから昔みたいに貧しさで苦しむ人が居なくなったんだよ」
「ん? でもよ? ギャンブルとかで散財した人とかは貧しくても仕方ないと思うが? この世界にはそういう人はいないのか?」
「いるにはいるけど、ほとんどいないよ。昔はそういう人もいっぱいいた時期もあったって聞いたけど、自分から生活が苦しくなるまでするのはどうして?」
「俺のいた世界だと、仕事のストレスが多くて憂さ晴らしのためにしているという人もいたな。勝った時に生きている感じがするという人もいたし。それと給料が足りないのでギャンブルで勝って稼ごうという人もいたな」
「そういう事なんだ。昔は大変だったからギャンブルに頼ろうとしたんだね」
「ああ。そういう解釈も出来るのか。確かにこの世界では仕事でのストレスがあまり無いし生活に困る事があまりないから、普通に生活している人には縁が無いんだな」
そう答えると、ソフィアは東に見える城を指差して言った。
「そういう事だと思うよ。向こうに城が見えるでしょ。あれはこの国の王女が住まう城なんだ。ライリーは転移者だし、そのうち呼び出されるかもしれないね」
「転移者だけにな。行ったら王女から剣とか武器を渡されるんだろうか?」
「なんで? 武器が欲しいの?」
「モンスターがいる世界だし、必要なんじゃないのか? さっき、アリアンヌも持っていたし」
「モンスターは人と話せるのも多いし無差別に襲ってくるのは猛獣だよ。この辺だと猛獣は滅多にいないし、出くわしても襲ってくることはほとんどないよ」
「じゃあ、なんでアリアンヌは持っていたんだ? 必要があまりなさそうだが?」
「あれはね、要人の暗殺を企てようとする魔族がいるからそれに対処するために装備していたんだよ」
「ということは、魔族がモンスターを従えているって感じなのか?」
「そういう魔族に従うモンスターもいるね。といってもこの町でも普通にモンスターは暮らしているし、人間に友好的なモンスターも多いよ」
「こんな平和で先進的な世界でどうして暗殺とかするのか理解できないな。三〇〇年前の状態に戻したいのか?」
「魔族は混沌を好むからそれよりもっと前の原始的な世の中にしたいんじゃないかな? 魔族領には闘技場とか女の子がいっぱいいる飲み屋とかも沢山あるし、この国にはそういうのはあまり無いよ」
「へえ、遊ぶところは少ないのか?」
「最近、よく聞くのはダイブゲームかな。そこにダイブショップってのがあるんだけど、夢の世界みたいなところへ行ってゲームをするんだ。他には色々なスポーツができる公園とかがあるね」
「へえ。俺にとってはこの世界が夢みたいな世界だからゲームは当分いいかな。それより話し込んでたら日が傾いて来たし、そろそろ屋敷に戻らなくていいのか?」
「うん。そろそろ帰ろう」
そう言うと馬車へ乗り込み、屋敷へと戻った。