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第68話 酒場

 広い街の治安の悪い地区を探す。これは普通なら時間のかかる事だがこの街は元から治安が良くない。その分、見つかるのも早いがこれから入ろうという酒場は通りからして既に雰囲気が危険である。

 その辺りにゴミが散乱しているのはまあ、そんなものだろうが死体も何体も転がっている。しかも手足が無かったり腐敗している死体をカラスがついばみに来ているのに通行人は無関心である。


 辺りには陰鬱な雰囲気が漂うが腐臭と刺激臭に包まれておりこれだけでも鼻がおかしくなりそうだが、この悪臭につられ粗悪な酒で酔いつぶれている者はそこらで嘔吐しているので道には吐瀉物も流れている。

 今回は情勢を知るためにも魔道具で臭いを遮断すると分からない事も出てくる可能性があるのでしないが、しばらく鼻を慣らさないと話すだけでも吐きそうになるだろうから準備が必要である。


 もちろん、食べ物は食べない方がいいだろう。下手をすると吐いてしまう。ライリーは眉をひそめながら話し出した。


「しかし酷え臭いだな。地獄を歩くとこんな感じなのかもな?」

「どうだろうな? 地獄なら常に体を引きちぎられたりして苦しみそうだからまだマシじゃねえか? しかも死んでるからまた生えてきては千切られるというな……」


「それにしてもこのブーツが耐水、防腐、何でも処理しているので良かったな。地面が汚物まみれだ」

「全くだ。……油断してたら踏みそうだ」


「何だこの箱は? 邪魔だな!」

「おい、何やってんだ! そんなもの蹴るな!」


「すまん。危うく蹴るところだった。こんな怪しい箱、何が入ってるかわからねえな」

「そうだ。血まみれで錆びた武器とかだったら危ないぞ」


 道の真ん中に置かれた不審なボロボロの木箱が邪魔なので蹴ろうとしたライリーはカセムに止められた。酷い悪臭は判断を鈍らせる。

 地獄の一丁目というのはどこにあるのかは分からないが目の前の光景がそうだと言われればそうなのかもしれないと思えるような雰囲気である。


 それからしばらく歩くと鈍い色の光が外に漏れ出している酒場を見つけた。ガヤガヤと酒場らしい話し声が聞こえてくる。辺りの様子を伺いつつも二人はその店に入った。


「よう、邪魔するぜ」

「邪魔するなら帰れ。酒を飲むなら別だがな!」


 口は悪いが拒絶している訳ではない店主である。この店はアタリだ。


「ならおすすめのビールをくれ。ジョッキでな」

「……お待ち! 魔族特製ビールだ」


「……お? 美味いな。飲んだこと無いが何か普通のビールと違うのか?」

「飲んだことがねえのか? どっから来たのか知らねえがこれは収容所で作られたビールだ。魔王様の逆鱗に触れたヤツ、罪を犯したヤツ、まあ、色々と事情があるヤツらが作ってんだよ」


「なるほどな。その収容所だが、最近は溢れかえってるんじゃないか?」

「ああ。このビールを作ってるところはもう一杯だな。ダジャレじゃねえぞ!」


「そうなのか? 最近、景気が悪いみたいだがそれと関係があるのか?」

「はあ……どこの田舎から来たんだてめえら? 三か月くらい前に王国がこの国を粛清しようとしているから王国への侵攻をするために金が要るからって税金を引き上げたんだ」


「今の魔王は王国へ侵攻する事が無駄だという事も知らないのか?」

「そりゃ知ってるだろうよ。馬鹿を騙すために言ってるだけだろ。税金を上げたきゃ分かりやすい理由が要る。分かりやすい理由じゃなきゃ愚民どもは理解しねえってな」


「なるほどな。革命を起こそうにも民は自分の事しか考えてないから国から出るか、盗みで生計を立てるかってところか?」

「ああ、そうとも。それ以外に落ちぶれたヤツが稼げる手段は何だ? この国にはそんなものありゃしねえ」


 しばらく話していると血生臭い悪臭を漂わせる男が入ってきた。ライリーの横に座ったのでちょうどいいと思い、ウイスキーらしき酒を驕り話を聞く事にした。


「マスター、彼に好きな酒を出してやってくれ。一杯、おごってやるよ」

「はん。何が知りてえんだ?」


「いやな。アンタは用心棒か何かかと思ってな。権力者が何かロクでもない事をしているのを教えてほしくてな」

「そんなもん、腐るほどあるだろ。でもまあ、この高級ウイスキーに免じて教えてやる。俺が返り血で臭くなってんのはさっきある店の店主が貴族の邪魔をしたってんで始末しろって依頼を受けたからそれを片づけてきたところだ」


「どんな邪魔をしたんだ? 嘘の噂か悪評か?」

「じゃあ、もう一杯酒を貰わねえとな」


「マスター。もっと高いのがあったらそれを一杯」


 マスターに注文すると、先ほどの酒よりも多少は高そうな瓶に入った酒を彼のコップに注いだ。


「おお! コイツはいい。かぐわしい香りがたまんねえ」


 こんな臭い店でどうやって嗅ぎ分けているのか分からないが満足しているなら構わない。大した嗅覚である。ライリーは続けて尋ねた。


「それで? どんな邪魔だったのか教えてくれないのか?」

「そう焦るな、高い酒はじっくり飲まねえとな。まあ、貴族が言うにはくれてやった金で商品を融通すると思っていたが他のところに回していた挙句、自分の秘密をバラされたので腹いせに始末したってところだ」


「そう詳しくは話せないか」

「……う~ん。実に美味い。もう一杯あれば口が滑るかもなあ」


「滑る前に寝るなよ。マスター、グラスに目いっぱいさっきの酒を入れてくれ」


「……ふぅぅ~。美味い。……店主が売っていた商品ってのは効果の無い魔道具だ。ありもしないのに、ありがたい加護があるかのように口から出まかせを言ってチョーカーやら何やら売りさばいてボロ儲けしてた。

 それに目を付けたクソ貴族が商売になるって思ったんだろ。大量に買い占めてパーティーで配った」


「それで何で始末されるんだ? 金のなる木なのに」

「貴族にパーティーで配りまくったらそりゃ、どこで手に入れたのか調べるヤツも出てくる。その中には店まで特定して押しかけたヤツがいた。

 その客ってのはとんでもねえクソ女でな。その貴族を騙して得た金で豪遊してたんだが無くなってきたんだろ。今度はそのまがい物で稼ごうとしたってわけだ」


「なるほど。そこで店主はその女から得た貴族の情報を話してはいけないヤツに話してしまったと」

「早い話がそうだが、もう一杯もらおうか?」


「ああ。いいぞ。飲め」

「……その話しちまった相手ってのがその貴族の上にあたる王侯貴族だったんだよ。貴族からすりゃもう、どっちも殺すしかねえよな」


「じゃあ、次の依頼はその女だとでも?」

「そういうこった。でも今夜はダメだ。その王侯貴族の男と寝てやがる」


「何もかもが酷い繋がりだな。まるで救いが無い」

「ああそうだ。その偽のチョーカーを作ってるのも作らなきゃ飢えて死ぬような連中が集まって作ってる」


「真っ当な仕事は無いのか?」

「お情けみてえな仕事ならそこら中、クソまみれの道の掃除やドブ川の掃除とかがある。でも一杯の酒も一切れのパンも手に入らねえ時もある。

 クソなパン屋は中身が無いパンを袋に入れて石を重しにして誤魔化しているからな。それに飢えてる時に引っかかったら? 何か盗まねえと飢え死にだな」


 世知辛い事この上ないがこれがこの街の姿なのだろう。貴族も私腹を肥やす事ばかり考え世の幸せなど考えた事は無いのだろう。

 そしてこのアサシンはさらに二杯ほど酒を飲ませると依頼主の貴族の名前と始末した店主、明日に始末する予定の貴族の名前も教えてくれた。


 かなり酔いも回って静かになってきたところで、ついでに他の客の話も聞いてみたがこれは予想通りで気に入らない人間が成果を上げれば「大した事ないヤツなのに」とか、「俺の方が上手くやれる」とかこの手の輩が言う事はこちらの世界でも似たようなものかと思って聞いていた。


 後は借金やら、賭け事の話やら。不思議なのは喧嘩が起きない事でその気力も無いのかもしれないが今日はたまたま起きてないのかもしれないと思いながら必要な情報も得られたので店を後にした。

 話に聞いた貴族は倒したところで意味がないだろうから放置しておくとして次はどうするかと考えていると、向こうから二人の男が歩いて来るのが見えた。

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