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第54話 ある路地裏

―― 月明りの射す路地裏 ――


 隊長のカセムは一人宿から抜け出し、以前に街に来た時に出会った娼婦を探していた。当時と変わらぬ腐臭漂う陰鬱な路地裏でボロボロになった朽ちたバラック小屋を見つけた。

 そう、この街は魔族領の中でも比較的、王国領から離れた位置にあるので時間の流れは王国から見ればかなり遅い。


 王国で数か月をすごしたカセムであるが、この街では数日といったところだ。旅をしたから誤差は生じているがあの時の娼婦がそこまで姿が変わっているという事も無いだろう。

 とは言え、治安もあまり良い街では無いので姿を消しても不思議は無いのだがしばらく辺りを歩いていると聞き覚えのある声が聞こえた。


「ねえ、この辺りの店を探しているの? 良い店があるけど来ない?」

「ん? このバラック小屋に心あたりはないか?」


「そうねえ。最近、小屋で熱い夜を過ごしたあなたとよく似た兵士がいたわね。カセムという名だったかしら?」

「やっぱりか。目の前の男がそうだ」


「あら? そうだったの。私はあのあとすぐに店に雇われてね、今は客引きってワケ」

「そうだったのか。あの夜が忘れられなくてな。君を探していた」


「嬉しい。私も熱くなってきちゃった。サービスするから店に行きましょう」


 そう言うと二人は店に入って行った。店で働いている娼婦に見られながら部屋に向かう。部屋に入るなり熱い時間を過ごす二人だが、カセムはどこか気怠いような感覚を覚える。

 まあ、そういう事もあるだろう。毎回、同じような愛の感じ方をしないように今日はたまたま気怠い雰囲気だったというだけだと思い込んでいると、汗ばんだので一息ついていると彼女はカセムに話し出した。


「ごめんなさいね。あなたには精一杯のサービスをしているつもりなんだけど、仕事に持ち込んじゃダメな事があってそれが頭を離れないの」

「……まあ、俺は正義の味方という訳ではないが魔族領の平穏のために今もこうしてこの街にやってきているわけだ。話を聞こうじゃないか」


「実はね、私、魔族から魔道具の密輸の手引きをするように言われたの」

「なるほど。それは都合がいい。俺たちはその調査も兼ねてこの街に来たんだ。王国軍に協力してくれないか?」


「いいけど、私、エージェントの経験が無いからどうしたらいいのか分からない」

「何か裏稼業をやっていた経験も無いか?」


「今やっている娼婦くらいしかないわ。後は店番くらいね」


「そうか。なら、こちらで通信用の魔道具を用意する。その魔道具は魔力の適正が無くても念話が出来るようになるもので、こちらの声は直接脳に届くようになっている。

 君も話したい事を念じてくれればこちらに聞こえるようになる」


「王国には良い魔道具があるのね。でも耳の近くに付けていたら怪しまれない?」


「イヤリング型、首輪型、ベルト型、と色々あるぞ。一番、怪しまれない装備を選んでくれ。

 魔力を感知されないように作ってあるのと敵に奪われたら使えなくなるように遠隔操作も可能だ」


「なら、私は知らないふりをして彼らと接触すればいいのね?」

「そんなところだな。……なあ、頼んでおいてなんだが、どうしてそんな簡単に協力してくれるんだ?」


「私ね、こんな生活を続けていたからなんだけど周りを見て思ったの。薬で狂っていたり、男を騙し続けていい気になっていたら復讐されて見るも無残な姿になったのとか、ロクでもないったらありゃしないわ」


「そりゃ、そういう世界だからな。君も関わった以上は何があってもおかしくない。この密輸の話も俺が来なかったら酷い結末になっていたんじゃねえか?」


「それはどうかしらね。あなたが来てなかったらそもそも、断っていたもの」

「それが賢明だな。まあ、貧しい街だから暗い仕事が多いのも仕方ないが」


「ホント、嫌になるわ。他の子たちはどうせしょうがないとか、騙せて最高とか言っているけどアレは酷いと思う」

「それが分かるだけでもいいって事だ。ヤツらみたいに罪悪感を感じてないのは王国領に入った途端、居ても立っても居られなくなるぞ」


「そう。私は大丈夫なのかしら?」

「王国領に来るつもりなら手助けは出来るが、君は何年か掛かると思うぞ。王国領で暮らすにも旅行をするにもな」


「そうねえ。なら、あなたたちの手伝いをした後に考えてみるわ。当分、この街にいるんでしょう?」

「ああ。いるぞ。……明日も相手をしてほしいんだがいいか?」


「ええ。嬉しいわ。あなたが泊っている宿に行ってもいいけどどうする?」

「なら頼めるか? 向こうの通りの角にある宿だ」


「ああ。あそこね。分かったわ」


 そう言うと、カセムは店を出た。すると入る時には気が付かなかったがキノコモンスターが呼び込みをしていた。


「よう、カセム。楽しかったか?」

「ああ。お前だったのか。随分と立派な姿になったもんだな」


「ソフィアに炙って貰ったぜ。街にいる時は毎日、してくれるってよ」

「それは良かったな。でももう、夜も更けたぞ。そろそろ帰るか?」


「ああ。俺もさっきの客で今日は最後だって言っていたからもう帰るぜ」


 そう言うと店主が出てきて今日の分の報酬を受け取っていた。何とも言えない金額だが四時間程の呼び込みなら相場なのだという。

 金も入ったので酒を飲みに行こうというので古びた居酒屋があったので入る事にした。店内は傷んだ木で作られていて西部劇に出てくるような雰囲気がある。


 酒は度数の強いラム酒のような酒とビールが置いてあった。店主に頼むとつまみに食べろと揚げた豆が出された。香辛料が振られていて美味い。


「良い出会いに乾杯だな」


 そう言うとカセムとキノコはジョッキを掲げて乾杯をした。


「ホント、この街は変わってないな」

「そりゃ王国の兵士なんだろ? 向こうとじゃ時間の流れが違う。何か月向こうに居たんだ?」


「四か月ってとこだな。こっちじゃ数日かそこらだろう」

「そんなもんか。なら代り映えしねえよな」


「そういやどうしてお前は森で暮らせばいいのに出稼ぎになんて来てんだ? しかもその報酬なんて駄賃みたいなもんじゃないか?」


「あんな森にずっと居ろって? 確かに空気も美味いし、居心地は最高だ。だけどな、ずっと良い環境に居続けると飽きるんだよ。お前もそうだろう?」


「違いないな。王国にはさっきみたいな店はまずないからどうしても恋しくなっちまう」

「俺も似たようなもんだと思う。酒が飲みたいだけなら村の酒を買えばいいが、山や川を眺めて飲んでぼうっとしてるんじゃ飽きるんだよな」


「それにこの街の方が酒の種類も多いしな」

「そうそう。それに森に居ても周りにいるのはモンスターかたまに旅人が通るくらいだから話のネタも同じような事しかないからな」


「ならこの街に来ているのは旅行みたいなもんか。寝るところとかはどうしてるんだ?」

「いつもならあの店の空き部屋の隅で寝てるんだが、今回は任務があるんだろう? 俺も事情を知ってしまったし同じ宿に居た方がいいか?」


「それはどちらでもいいぞ。下手に同行していると怪しまれるしな」

「そうか。ならあの店に泊ったり宿に行ったりしててもよさそうだな。さて、次はラムを頼むか」


 そう言うと二人はラム酒を受け取った。


「やっぱりこの街のラムは美味いがキツイな」

「ああ~。キツイ。でもこれがいいんだよな。あの村もこの街もキツイのが多いが王国じゃどうなんだ?」


「王国も酒の種類は多いがキツイのだとウイスキーがあるな。あと、見た目は似ているが味が違うのもあるぞ」

「なるほどな。ウイスキーが恋しいならこの街にもあるぜ?」


「馬車に積んでいるし、ポータルで送って貰えばありはするがこの街のはどんな味なのかは気になるな」

「そうか。なら、明日も店に行くんだろう? 帰りにウイスキーのある店に行こうじゃねえか?」


「じゃあ、そうするか。さて、俺はそろそろ宿に戻る。お前はどうする?」

「俺は今日はあの店に戻るか。じゃあ、また明日な」


 そう言うと彼らは、それぞれ宿と店に帰って行った。

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