第39話 アリアンヌの過去
夜になり、仲間も腹が満たされたのか見張り以外は眠っている。ライリーも寝ようと思い、寝床に就いた。
馬車の窓から差し込む月明りに照らされた人影が近づいて来た。誰かと思ったら、近くに隠れていたアリアンヌだった。
「何だ? 夜這いか?」
「ううん……。違わないかもしれない」
「そうか。何か聞いて欲しい話でもあるのか?」
「……私ね、いつも軽い女って思われてるじゃん?」
「まあ、確かに軽い女に見えるな。でも、王都でも言ったが欲望に忠実なだけで軽くなるってのはあまり見た事がないな。俺が前の世界で見たのは大抵、何か闇を抱えていたな。
アリアンヌの場合は男がダメになる傾向があるって言ってたよな? 男がそうなるという事は母性がやたらと強いか、振り回されて付き合いきれなくなるケースが多いが思い当たる事があるんじゃないか?」
「うん。私って時々、訳も分からず発情するんだけど、その関係なのか急にワガママになったりするみたいなんだよね。他には予定していた事を急に変えて戸惑わせたりとかもあったって言われたよ」
「そうだなあ。育った家はどうだった? 家族がやたらと制限をかけてくるとか?」
「そう言えばお父さんは理不尽にお母さんに皿を投げつけたりして発狂する事があったし、お母さんは家の掃除とか家事をほとんどしないで外に行っていたよ。でも離婚はしてないんだよね。こうやって私が旅に出てからも離婚はしてないみたい」
「やっぱりか。子供の頃にストレスがかかり過ぎて男に対するイメージが歪んでいるんだな。その両親は共依存状態にあって攻撃しあっているようで、離れる事には異常な恐怖心を抱いている。だから離婚はしない」
「それと私の意見を聞かなかったね。何を言っても逆の事しか言わないし、お前はダメなヤツっていつも言われてた」
「支配欲が強い人間は他人や家族を思い通りにコントロールしようとするからな。あと、何らかの才能が見られたらそれを潰すためにお前はダメなヤツだとか、自信過剰だとか言ってやる気を落とさせる」
「そんなに私のやる気を落してどうしたかったの?」
「そりゃ、自分たちの思うように育って、思うように動いてほしかったんだろう。本当にそうなった場合、俺の元居た世界ではいずれは、おかしくなって好き勝手に行動しだすのが多かったな」
「私も旅に出る時は相当、反対されたよ。まあ、振り切って出て来たけどね」
「それで良かったと思うぞ。閉鎖的なところに居るのは良くない。で、肝心の問題が残っているな」
「私が軽いっていう事だよね?」
「そう。強い共依存関係の二人を見ていて、精神的に追い詰められていた訳だがその姿をずっと見て来たアリアンヌは男から別れるわけがないといつも思っていたと思う」
「うん。そう。だって、別れたら別れたでずっと追いかけて来るのもいたし」
「別れる訳が無いからという思い込みがいつもあって、気を引くために相手の男に別れるって何度も言わなかったか?」
「うん。言ってた。好きでいて欲しいし……」
「本当か? 嘘をついているんじゃないか?」
「え? うん。夢中になって欲しかったのかもしれない」
「それが依存心だな。別れた後も追いかけてくるのは、本当に別れたのかどうかが分かっていないのかもしれない。理不尽に別れ話を切り出してそのまま無視したりしたんだろう?」
「しばらくは無視したりしていたかな。でもその後で話したりはしていたよ」
「まあ、その辺がソフィアが怒る理由の一つなんだけどな」
「なんで? 次の男がダメになったら戻ろうとか思っていたっていうこと? それは私はしないよ」
「無意識なんだろうが、相手が傷つく事を平気でやっているな。俺だってそんな本当に好きなのか疑わしい状態がずっと続いた後に、別れ話を切り出されてロクに話も聞かずに無視されるとか理不尽でしかないと思う。自分が男に生まれていたとして、そんな事されて嬉しいか?」
「それは嫌」
「だったら、今後は二度としない事だな。幸せどころか不幸しか来ない。それこそ、この世界は悪い波動の場所は本当に重々しく、すぐに吸い寄せられる傾向がある。良くない事をするとすぐに変化があるのはある意味では分かりやすく良いことだな」
「確かに王国に近いところほど悪い事をすればすぐに何か起こるからね。だから魔族が少なくなっていく」
「俺の前にいた世界では悪い事をしてもすぐに何かしらの変化。まあ、天罰みたいな事が起こる確率はあまり高くなかった。だから、何が悪い事なのか分かっていない人間も多かったし、悪事に関わった誰もが救われないというのを見て来た。
でも、この世界は違う。誰もが、生き方を改めれば王国のような希望に満ちた国で暮らす事が出来るし、幸せも手に入る。王国に入った地点で悪事を働く理由が無い」
「やっぱり異世界から来ただけあって違うんだね」
寝床に潜り込んできた相手を諭しているのも妙な感覚だが、王国の住民なら良くないとされるような事をする意味は無いし、するべきではない。
だが、魔族領の住民はどうやら元いた世界の住民と考え方が似ている人間もいるようだ。悪いと分かっていても止められない。言い訳をして続けてしまうのだろう。この辺りの事情があるから魔族領にはあまり行きたいとは思わなかったのだが。
気が滅入る話をしていると気疲れしたので酒でも飲もうかと瓶を手に取ろうとするとアリアンヌが潤んだ目で手を掴んで胸に押し付けて来た。
「なあ、アリアンヌはどこをどう見ても魅力的だが、俺は傷の舐め合いはしないぞ?」
「ううん。違うの。ドキドキしてもう我慢できないの……」
そう言うと、キスを迫ってきた。急に発情する事があると言っていたがこの事だろう。彼女は尻尾を震わせたかと思うと、抱きついてきて尻尾も絡ませてきた。汗が徐々に出てきて呼吸も早くなってきた。
求められるのも嬉しいし、我慢が出来なくなったライリーはアリアンヌを抱いた。貪るように求めるアリアンヌに応えるようにライリーも夢中になっていた。
これが彼女が数々の男を夢中にさせたという事なのだろう。
しばらくして疲れ切ったライリーはアリアンヌに尋ねた。
「この世界に来て健康になったって言っても、こう何度もするのは疲れるな。でも、男が夢中になるのも分かる。アリアンヌと居るとフェロモンに侵されるような感じがする」
「だから夢中になるんだ。疲れちゃったよね? 私も何時間経ったのか分からなくなっちゃった。ライリーの事、好きになるかも」
「前の世界で出会っていたら良かったのにな。この世界に来る前は誰も俺を愛してくれないし、周りは結婚していたり、結婚してなくても彼女がいたりな」
「……じゃあさ、私を彼女にしてくれない?」
「すぐ飽きるんだろう? 俺にはソフィアがいるからな。それか獣人族の恋愛観では彼女というのは友達以上、恋人未満とかも含まれるとかか?」
「う~ん……。じゃあ、友達ね。これからよろしく!」
「ん? 俺たち、友達じゃなかったのか?」
「私は友達だと思っていたけど、ライリーは違っていたらって思ったから言ったんだ」
「ああ。愛を求めているようで、壁を作るタイプなんだな。それもよくない」
「そうなんだ。じゃあ、これからはライリー達と旅をして町では彼氏を作らずに引っ掛けるだけにしよっと」
「まあ……。俺がどうこう言える話じゃないからな。お? 朝だな。今日も天気が良さそうだ」
夜が明け、清々しい朝を迎えたライリーはアリアンヌもそのうち良い出会いがあるのではないかと思いつつ、川で水浴びをして身支度を整えた。




