第31話 海岸ルート
転移する前の世界では縁の無かった海水浴を楽しんだ翌日、次の町に行くための準備として買い出しをした後は、駐屯地へと向かった。
転送ポータルがあるので買い出しと言ってもほとんど買うものはないのだがこの街のワインは美味いので何本か買っておいた。
駐屯地に行き、部隊長に今後の事と、次の町に行くために確認すべき情報がないかをライリーは尋ねる事にした。
「例の商人は王国には行かずにこの街で慈善活動と商売を続けたいとの事なので、今回は王国への移動の手助けは不要になった。
俺たちはこれから次の町に行くことになるんだが、何か気を付けるような事があれば教えてくれないか?」
「なら、これから数日間はこの街から出て、海岸線を南下するわけだが、この街から次の町の中間地点以降からは水生モンスターと襲ってくるモンスターが徐々に出てくる。
ライリーは見た事も経験した事もないだろうが、まあ、慌てずにな。お前のいる部隊は実戦経験が比較的、豊かなメンバーで構成されているから心配はない」
「そうみたいだな。あの抜けてる魔法士もまさかあんなベテランだとは思わなかった」
「あのブロンド美人の事だろ? 彼女は学生の頃から大火力魔法士として応援に行かされる事が何度かあったから見た目の割に軍隊経験が長い」
「何で冒険者ギルド登録じゃなくて王国軍登録なんだ? 学生でも軍属になるのか?」
「何でかって? 王国じゃあ、学生はそもそも危険な仕事には就けない。だから特例の王国軍登録しか出来ないってわけだ」
「そうなのか。軍人という感じもないし、軍服も着ていないし知らなかった」
「まあ、そうだよな。魔族領の軍隊とかじゃ、服も揃っているんだが王国は冒険者と軍人の違いは所属くらいなもので、両方に登録しているのも多いから見た目じゃ分からない事も多いな」
「なるほどな。適材適所な配置もスムーズに出来るし合理的だな」
「まあ、そう言うわけだが、この海岸ルートは潮風も気持ちがいいし旅行者にも人気のルートだから楽しめると思うぞ」
「そりゃ楽しみだ。この街にまた来る事になるのかは分からないが、ではまた」
「ああ。頑張ってこいよ」
駐屯地の兵舎から出ると、すぐ横にある路地から声が聞こえて来た。男の子のような話し方だが少女のように見える。抱きかかえている猫は王国で見た妖精のように見える。
「僕がたまたま通りがかったから良かったけど、水路の網にいつも引っかかっているのは飽きないの?君を洗う洗剤もタダじゃないんだよ……」
「もうとっくに飽きてるにゃ。洗剤代はこないだ賭けに勝ったのにどうして無いのにゃ?」
「ポケットに穴が空いていて、財布にも穴が空いていて、銀貨が一枚を残して全部水路に落ちたみたいだ。家賃と食費でもう無いよ……」
「はあ……。こんなに運がおかしい娘は、何百年振りか分からないにゃ……」
言っている事からしてクレールの仲間の妖精だろう。悪徳商人の近くに白猫がいたという報告があったがその猫だと思われる。話からして運が悪過ぎてどうしようもないので去る事にした。それにあの猫が居るという事はいずれは良い事が起こるという事だ。
そして隊長に見届けられた後、馬車が到着しこのまま出発するというので乗り込もうとした時、いつ見ても揉めている三人組が道の向こう側にいた。
今日くらいは大人しいのかと思いきや、酒に酔っているので更に揉めている。
「ちょっと! 何で朝から酔っぱらいながらその女と歩いてんの! この酒も何? これ高いヤツじゃない!」
「俺が稼いだ金で買ったんだからいいだろ! たまには良い酒を贅沢にかっ喰らって最高の女といい夜を過ごすってのが……!」
「うるさいよ!」
彼の彼女? がそう言うと酒瓶を奪い、彼の頭を強打した。さすがに痛そうだが酔っているからか痛みを感じにくいのだろう。
彼は次の瓶を取り出したかと思うと、飲みながら喚きだした。
「何すんだよ! もったいないだろ!」
「もったいない? アンタにこんな良い酒を飲ます方がもったいないよ! アンタの稼ぎじゃ半月でこの酒だと一本分くらいにしかならないじゃないの! それにその女よ! 何で酔ってんの!」
「彼がやたらと飲むから私も欲しくなったの。そのまま彼ともしちゃった。それにそんなにいつも怒鳴っているから彼も酒に溺れてるんじゃないの?」
「コイツはね、酒もだけど欲望に溺れてんのよ! あなたも何? 何で人の男と寝たのに平然としていられるの! そのままソイツと結婚して借金まみれになって苦しめ!」
そう言うと、彼から飲みかけの酒瓶を奪い、少し飲んでから口に目いっぱい含んで彼女の顔に吹き付けた。
しばらく地団駄を踏んでいたが、足が痛くなったのか瓶を道に叩きつけて帰って行った。
「旅立ちの日だというのに酷いものを見たな」
「でもライリーのいた世界じゃ日常茶飯事だったんでしょ?」
「俺の周りにはほとんどいなかったが、理不尽にモテる男はあんな感じの毎日を送っているのもいたな」
どうしようもないなと思いながら馬車に乗り込み、窓から道で寝ている二人を眺めていると憲兵と魔術師がやってきてガラス片や汚れを魔法で片づけてから二人を馬車に放り込んで行った。
怪我人を放り込むのはどうかと思ったが魔法で治したようで、憲兵が清掃料と治療費と罰金の切符を切っていたので、放り込まれた方の彼女? が払う事になるのだろうがそれで更に揉めそうである。
そのまま街を出ると、海岸線に出た。しばらく進むと遠くに風車と農場が見え、カセムによれば大規模農場で収穫したものを風車を使って加工したり、水を引き揚げるために風車を使っているのでいくつか建っているのだという。
訓練で一緒になった馬がこの馬車を引いているので、あの農場なら良い草があるんじゃないかと言ったら、それはどうかな? と答えた。御者台に来いというので行った。
「なあ、この馬車は俺の前の世界じゃ大型のキャンピングカーくらいの大きさがあるのに二頭の馬で引いているのが気の毒に思うんだが疲れないのか?」
「キャンピングカーが何の事かは知らないが、魔道具で地面から少し浮いているし、馬車の後ろに推進機関のようなものが付いてるだろ?
これは俺たちが進もうと思うと連動して押してくれるから人、二人を乗せているくらいの重さしか感じないぞ」
「ああ。だから振動がほとんど無いのか。でもよ、それだと馬で引く必要がないと思うんだが?」
「あまり技術の進んだもので魔族領に行くとな、トラブルが多いんだよ。故障しても直せないし、奪われたら面倒な事になるし、それに最後には馬が残っていれば最悪の状況になっても脱出できる。
俺たちみたいな馬は、戦場では様子を伺って兵士を回収して逃げ帰る事も訓練しているからそういう利点もあるぞ」
「なるほどな。兵力で圧倒出来ても準備を怠らないのは人を大事にする国だってのがよく分かるな」
「そういうことだ。さて、農場が見えて来たぞ。今日はあの農場に泊るって言っていたぞ」
「馬が居たら話が弾むんじゃないのか?」
「農場の馬だからな。どこの畑を耕したとか、街に何を卸したとかそんな話がほとんどだろう。でも近くの家とか、ここは大農場だから離れたところの管理小屋とかに浮気しに行くとかそういう話はあるかもな」
「だよな。この世界の馬はそういうのも細かく話せるから迂闊な事出来ないよな」
「この辺の馬だったら高級食材とかで黙ってるんじゃないか?」
「人参が好きなんだろ? 俺のいた世界じゃ馬は人参が好きなのが多かったみたいだが」
「さあ? それは馬によるから分からないな。俺は好きだけど」
馬と話していると農場に到着した。カセムによればこの農場は中々、商売上手だそうで周囲に何もない事と観光に良いルートであるところを活かして宿泊施設を経営している。
一行は馬を馬小屋に連れて行った後、宿へと入って行った。




