第20話 長い授業
授業らしい授業というものを受けるのは実に久しぶりだが、この世界での講義は楽しいと思える。やはり適正を確認してから指導してくれるというのが良いのだろう。
前の世界では決められたものを決められたようにしていたものか、思うようにしているだけのものというのが多かったが、今受けている講義は恐らく俺が聞いている事をどの程度理解しているかがリアルタイムに分かっているのではないかと思うように話してくれている。
教壇に何か画面のようなものが見え、時々その画面を見ながら説明しており変わっているのはテキストのようなもの、本が無い。
それについても説明を受けたがどうやらこの国の人間は適正のある事をじっくりと教えた場合、忘れても情報端末を少し確認するだけでほとんどが事足りるのだという。
その情報端末での画面を実際に見てみると魔法によって考えている事を先に読み取って必要な情報がすぐに出てくるように設計されているのだという。
その情報も前の世界とは比べものにならない程に精度が高く、効率の良さがまるで違う。
問題があるとすればこの国に来て二日間くらいはこういう魔法とかに接していなかったから気が付かなかったが、この国のエネルギーに慣れていない状態でいきなり治癒魔法やそれに類するもの以外の魔法エネルギーに接すると魂に強い衝撃が来るので、体や頭がおかしくなってしまう事があるのだという。
特に魔族領の中心部にいて呪いを受けているようなかなり悪い状態である場合、治療をして徐々に体を慣らしてからでないとかなり危険なのだという。
前の世界で言う精神的に辛くなったような状態で急に幸せな事が連続するとおかしくなる事があるみたいなものかもしれないと思ったので尋ねると、今日の担当教官が答えてくれた。
「ああ。多幸感で満たされている状態の事ね。この状態だと魂が解放されたような状態になるの。そうなるとエネルギーの影響を見境なく受けるようになるから使う魔法の種類によっては刺激が強くなりすぎてしまう事があるのね」
「そうなると霊体だったらさらに強い影響を受けるように思うんだが、違うのか?」
「霊体の場合は、霊体になってすぐの場合は肉体を持っている時と感じられるエネルギーの種類が違うので感じる事は出来てもその本人への影響はあまりないの。違うのは霊体になって長い状態。いわゆる死者になった場合ね。
その場合、感じる精度がかなり上がって肉体を持っている時より正確に感じられるようになるし、特に他人が考えている事や透視に関係する事は肉体を持っている時の何倍も精度が上がるわね。頭もかなり良くなるってわけ。
問題なのは魔族領にいる悪意に満ちた罪を犯し続けているような人間は死後も性格が変わらないから悪知恵がさらに回るようになるし、生きている人間に憑依して悪事を続けたりかき乱したりするのが好きなので質が悪いわね」
「悪いヤツは死んでも治らないってやつか」
「特に他人の悪評を流して自滅させるのが好きだったのは手に負えないわね。生きている人間に可能な限り悪意を吹き込むから悪評の流布をしている場合、本当の発信元が分からなくなってくる。
そうね……。分かりやすいのは洗脳とかね。良い教えや考え方があったとしてそれをあり得ないと馬鹿にする人っていうのはどこにでもいるけど、それは理解できないから馬鹿にしているという事もよくあることね」
「そして、分かろうとしない人間は騙されやすい。何か手に負えない事があって、いざ困ったら判断は鈍るし知識も無いから何が正しいのか分からない」
「そういうこと。洗脳されているって馬鹿にしている人が居たとして果たしてどちらが洗脳されているのか? まあ、悪意がある人ほど最悪の状況になっていくのは確かだけどね」
「と言う事は、悪意あるプリーストが波動が落ち切っている状態の人間に治療を施して波動が上がった時に嘘を吹き込んで混乱させるというのも方法としてはあるのか?」
「ええ。よくある事ね。でもそれは疑似的に多幸感がある感じにしているので酒に酔って幸せを感じている状態が近いわね。でも頭はハッキリしているから嘘を信じ込んでしまう。
この方法を上手く使って逆に説得に使う事も出来るんだけど、ここで重要になるのが本人の精神性ね。精神性が高ければ善良な意見を取り入れる事が出来るけど、そこまで成長していなければ理解できないから言い訳したりして楽な方を選ぶってわけね」
「という事は魔族領で悪事から足を洗うよう説得してこの国に来てもらおうにも時間がかかるんじゃないのか?」
「それは人によるわね。こちらの言う事をすぐに理解できる人はこの国にすぐに順応できる人である事が多いんだけど、すぐには理解できないけど少しずつなら理解できるという人の場合は、時間をかけて街を渡り歩いてこの国に来るという人もいるの。
その人のいる街には仲間も行って様子を見たりもしているんだけど、この国に来れるまでにならないまま一生を終える人も多いわね」
「なるほどな。前の世界もそんなだったらあんな苦労しなかったのにな。頑張っても報われず、旅行も我慢していたしな。この世界だったら旅行をすればするほど心地よくなっていって幸せな国に行ける」
「一つの世界から移れないってのは昔の文献で読んだような気がするんだけど、一つの星ごとに精神性の発達具合が大体、そろっていてレベルが上がるごとに違う星に転生する世界があるっていうのを読んだ事があるわ。あなたのいた世界ってそういう世界なのかもね?」
「確かに近くに星はいくつかあったが人間はいなかったな。居ても見えなかったのかもしれないが、どちらにしろ行く手段が無かったし行ったところで人が暮らせるところじゃなかった。もし星ごとに違う世界があったとしたら見てみたいもんだな」
「私もそれは興味があるわね。でも嫌な世界に生まれてしまったらまるで監獄にいるようなものね。そこから出られないんだもの」
「まさにそういう場所だな。どこに行っても天国はないんだから。この世界では地域ごとにレベルが違うからやりたい事に応じて場所を変えれば実現しやすいんだろうが、俺のいた世界ではどうやっても実現出来ない壁みたいなのがあったと思う。
例えば俺は何をどう努力しても実現できなかったのが会社での部門を変わる事と、音楽活動をしていた時のファンの獲得だな。常識的に考えてそれはないだろうという事ばかり起きて誰のアドバイスを参考にしても実現できなかった。あまりに酷いので風水的な事もなにもかも取り入れてやった。でも、ダメだった」
「なるほどね。この世界にも場所ごとに出来ることの制限みたいなものがあるの。例えばこの国では広範囲治癒魔法を発動するにはそれなりのレベルのプリーストでも出来るんだけど、魔族領の中心部では腕の良いプリーストでもこの国で発動する時の半分の範囲の治癒魔法も使えないの。それに効果も三分の一程度になるわ。
だから薬も同時に使って回復しないといけない。でも、この国では魔法だけでほとんどが治るのね」
「ああ。物質が強い国とエネルギーが強い国とかそういう感じか?」
「そうそう。そういう感じね。武器をとってもこの国では魔法付与をした武器がほとんどでその方が効率がいいからなんだけど、魔族領の武器は純粋に威力を追及したものが多いわ。
あなたの場合ならこの国からボウガンとかを持っていくとして魔法付与をして壁を透過して狙撃をするのもいいかもしれない。でも、向こうの武器をそのまま使うなら透過は出来ないけど当たった時の威力は高いとかそういう感じね」
「戦略が難しいな。場所によって部隊構成や武器の構成をいつも変えないといけないって事だろう?」
「そうなるけど、この国の戦略部が先に計画を立てているから現地ではそこまで考える必要はないわ。あくまでも魔族領の善良な魔族を説得する事を優先する事よ」
随分と小難しい話ばかりだなと思っていると今日はここまでというので城下町に繰り出す事にした。




