第14話 夜の誘い
- 魔族領 南部地域の港町にて -
夜の町に佇むある兵士がいた。彼の名はカセム。任務で各地を回る彼の最大の楽しみは夜の店である。彼は魔族領の各地を回り、不穏な動きをしている魔族がいないかの警戒や、凶暴な魔獣の討伐を主な任務としていた。
しかし、昼の勇敢な姿とはうって変わって夜の彼は女に目が無いのである。荒くれもの達がひしめき合う豪快な酒場で一杯やった後は、夜の時間を楽しむのである。この治安の悪い町では、静かなところを歩いていると物陰から「こっち、こっちよ。遊びましょ?」と娼婦に声をかけられる事が多い。
彼女が気に入ったカセムはついていく事にした。ゴミが散乱した悪臭漂う、陰鬱な裏路地を進むと今にも崩れそうなバラック小屋があり、そこには薄汚れたベッドが置いてあった。
彼は、そこへ着くなり黄色い瞳で褐色の娼婦と抱き合った。激しく動くたびに月明りに照らされた汗が輝き、むせるような匂いが欲望を搔き立てる。お互いに貪りあうようにし続ける時間は、暑い国の女はいつも情熱的だなと感じさせられる最高の時間である。
そして時を忘れて続けるうち、精魂尽き果てた疲労感を感じた。まるで幽体離脱でもしているかと錯覚させられる眩しさと光を感じ、外を見ると夜が明けるところだった。部隊へと戻らないといけないカセムは娼婦に良かったと伝え、体に染みついた匂いに余韻を味わいつつ戻った。
戻るなり同僚から「今日も朝までお盛んな事だな。あんな危ないところにわざわざ行くとかどうかしてるぜ! 匂いが染みついてやがる」とからかわれるが彼はどういうわけか危険な目に遭う事はない。運が良いというべきか何というかギリギリのところでいつも止まるのだ。
- 魔族領 商業都市にて -
秋も深まる季節となり、哀愁漂う紅葉はまるで好きな異性を目にした、恋をした少女の恥ずかしがる顔のような色合いを見せる。カセムの属する部隊は落ち葉の舞降る渓谷を抜け、ある商業都市へと到着した。
近代的な工場が多く建てられたこの都市では会社間の契約をする際に顧客を接待して契約を結ぶという習慣があり、そのせいか夜の店も盛んである。工場地帯から少し離れたところに歓楽街があり、仕事帰りに一杯やって、そのまま夜の店へ行くというのが労働者の楽しみの一つであるという。
夜になり、歓楽街へと着いたカセムは早速、今日はどの店にしようかと物色をはじめた。この町は店が多く、数か月以上滞在しても飽きる事はないのだという。町を歩くたび、客引きに声をかけられる。まるでコスプレイベントでも開催しているかのように様々な衣装を身にまとった女が誘惑してくるのである。
花魁のような者、メイドのような者、チャイナドレスのようなものを着た者などが多くいる。すると、髪を団子に丸めた娘が目に入った。向こうも気が付いたのか近づいて来た。
カセムの腕を胸元へと引き寄せ「お兄さん、惚れちゃった。中々のイケメンだね。どう、私じゃだめかな?」と目を潤ませ、まるで子犬のように上目遣いで誘ってくる。
心を打たれたカセムはそのまま店へと案内された。通された部屋でチャイナドレスを着た彼女を眺めると小柄で娼婦というには、幼い顔つきであるがそれがまた背徳感を掻き立て、興奮を誘う。
赤く、妖艶な部屋ではドレスから見える小鹿のような細く美しい足がどこを向くのかと目が離せない。カセムも足を娼婦に絡ませ、抱き寄せた。その時、甘い香りと甘い吐息がまるで学生の頃に実現したくても出来なかった心の悲しみを埋めるように脳を刺激した。
あの頃にどうしてもっと積極的にならなかったのかと後悔の念に苛まれ、気づけばもう年を重ねてしまい、こうなると女学生とお付き合いするのは至難の業である。
だが、目の前にいる娼婦はそんな悲しい現実を忘れさせてくれる。まるで当時に戻ったかのように、可愛い後輩ちゃんのように望みを叶えてくれるのだ。
足を絡ませ、服を徐々に脱がせていくと、露になった体は本当に小鹿のようである。顔を赤らめて「優しくしてね……おにいさん」と自信なさげに声を出す彼女はまるで文化祭が終わった夕方に愛を囁く幼馴染のようでもある。
そして、抱き合うとまるで生娘のように顔を赤らめた。初めてを経験するようにカセムに身をゆだね、甘えるように抱きついて来る。徐々に慣れてきたような雰囲気になったと思ったら、トロンとした目になった。そこからは愛を欲するように積極的になってきたという合図のように何度も求めてきた。
しばらくして、時間となった。別れ際に「虚しい記憶が塗り替えられた最高の時間だったぜ」とカセムが娼婦に伝えると彼女は「これからもっと、思い出を作ろうね。また来てね、おにいさん!」と答えた。
これがあの頃だったらどんなに良かったか、そう思いながら歩いていると早速、次の客を捕まえていたのを見ると現実に引き寄せられる感覚がしたが、あの頃に戻った気分で彼女の残り香を感じながらバーへと向かっていった。
- 回想が終わり、バー店内にて -
二つの町の夜を楽しんだ話を語り終えるとカセムは言った。
「まあ、こんな感じで魔族領には魅力的な店が多くあるわけよ。ライリーも行きたくなっただろう?」
「前の世界でもそういう店は沢山あったんだが最後まで行く気はしなかったな。何というか愛を感じられないのが嫌な感じがしてな」
「まあなあ。向こうは商売でやってるんだから愛を感じても錯覚な事がほとんどだろうぜ。たまに本気になって付き合うのも居るが大抵は長続きしない。
まあ、そういうのはまだいいんだが騙されたらもう最後だな。金も地位も全て奪われて終わりだ」
「だろうな。俺は普段から騙されたり裏切られたりする事が多かったから、自分から騙されに行くのがどうにも納得できなくて特にバーとかには行かなかったな。でも行こうと思う事は何度もあったな。誰も癒してくれなかったから」
「そうだよな。誰にも愛されず、求めてくる女がいないってのがどんなに地獄かってのは分かる」
「分かるか? 俺もその感じが人生のほとんどであっていつもカップルを見ては怒りがこみあげていた。それに当時、俺は人がうらやむようなところに勤めていたんだ。なのに俺を振る女はいつも、生活力があって何でもできそうだから私には合わないと思うとか言って、ほとんどのヤツが自由業で仕事が嫌になったとかで転職を繰り返すようなヤツとばかり付き合っていた。
もうあれが悔しくてたまらなかった。普通、女ってのは安定している頼りがいがあるような男が好きなんじゃないのか? どうして俺は誰にも愛されないのかと自問自答を繰り返す日々に疲れ果てていたな。そんな時、俺を振った相手と付き合っている男にどうして俺はモテないのかと尋ねるとみんな同じ事を言っていた。普通ならしっかりしたところで働いていてしかも見た目もイケメンなお前を選ぶのに、どうして彼女らはお前を振るのか理解できないってな」
「俺も似たような事が何度もあった。本当に理由が分からねえんだよな。縁の無さが異常って言うのも言われ慣れてるがそうじゃねえって思う。まるで何かが邪魔するように俺を不幸に誘っているような感じなんだよな」
「でもよ、この世界じゃすぐに相性の良い男女は惹かれあうからそんな辛い思いをするヤツはほとんど居ないって聞いたがどうしてお前はそんな事になっているんだ?」
「ああ。転移してきたから知らないのか。俺は魔族領との境目辺りの町の出でな。あのあたりじゃ住民も魔族領とあまり考え方が変わらないんだ。だから惹かれあうっていう心に正直な行動がとれねえんだ。いつも猜疑心があるってとこだな。
気になる相手が居ても、振られたら嫌だなと思ったりおかしなヤツと思われたくないから話しかけないとか、警戒されて憲兵に突き出されたら嫌だなとか思うわけよ。酷えところだ」
「なるほどな。前の世界で俺のいた町も似たようなもんだった。でもカップルは沢山いるんだよ。矛盾だらけだよな」
「全くだな。俺の知ってるヤツもイケメンなのにナンパしてるだけで憲兵に突き出されそうになった事があったしな。イケメンがナンパしてきたら普通はうれしいと思うんだがおかしいよな」
話が長くなっていったが、ここで店主がもう店じまいだというのでお開きにする事にした。店主に礼を言い、眠っているソフィアを抱いて店を後にした。




