第12話 ヒモの吟遊詩人
店を後にしたライリーとソフィアは通りを歩いていると音楽が聞こえてきたので音を辿って行った。すると、妙に気取った男の吟遊詩人がリュートを奏でていた。
聞いていると、女性と出会い、仲を深めて結婚するという歌のようだ。
ケースの中に小銭が入っているのが見えたので一枚入れる事にした。
「ありがとう。俺の歌はどうだった?」
「ああ……何も感じないな」
「何で?」
「何というか、整然とし過ぎていてセオリー通りに作ったクラシック音楽というか、表現しうる感情が無い感じなんだよな。でも気を悪くしないでくれ。
俺は結婚とか恋愛とかに縁が無さ過ぎて幸せそうなカップルとかを見ると未だに怒りが条件反射のように湧いて来る事があるんだ」
「怒り? どうしてだ? 好きな人に出会えないなんてことあるのかよ?」
「ああ。俺は違う世界から来た転移者なんだ。向こうでは出会いがあまりにも無くてなあ。どうしてモテないのか友人に聞いても、分からない。心理学に詳しい人に聞いても、分からない。
プリーストのような人に聞いた時は心の傷が酷すぎて出会えないって言っていたな。こっちの世界に来てからは可愛い子に何人も出会うし、寝込みをメイドに襲われるし、少しは期待してもいいかなって思う」
「酷え世界だな。お前と合う子がいても出会えていなかったんだと思う。俺から見ても何でそんなに縁がなかったのか分からないしな。俺はオディロンってんだ」
「俺はライリーだよろしく」
「よろしくな。おっと、妻がやってきた」
そう言うと、キャリアウーマンといった感じの雰囲気の女性が近づいて来た。何でも国の官僚なのだという。
「はじめまして。私はベアトリスって言うの。よろしく」
「俺はライリーだ。よろしく」
挨拶を済ませるとオディロンは言った。
「彼は何でも異世界から転移してきたらしいぜ。そういや王女様との謁見は済ませてるのか?」
「そういえば転移してきた人が居るって聞いたけど、あなただったのね。王女様が呼び出すんじゃないかって聞いたわ。ねえ、ソフィアは何か聞いてないの?」
「ううん。何も聞いてないし、書状も届いてないよ。まだ来て間もないしまだなんじゃないかな?」
「そうなのね。近いうちに書状が届くかもしれないから覚えておいてね」
「わかったよ。二人はこれからどうするの?」
「そうね。これから酒場にでも行って食事かしら。一緒に来る?」
「ライリーはこっちの酒場は行ったことないよね? 行く?」
「ああ。是非行きたいな」
そう言うと一行は酒場へと向かった。店に着くともう夕方だからだろうか、既に出来上がっている客も多く居た。グリルで焼き上げたチキンの香ばしい香りが辺りに漂う実にビールの美味そうな店である。
四人は席に着くと酒と料理を注文した。オディロンは注文したグリルチキンが来るとそれにかぶりつき、それをライリーにも勧めた。
「この店のチキンは美味いぜ。食ってみろよ。そうそう、実はベアトリスと出会ったのもこの店なんだ。あの時のベアトリスは仕事のストレスでヤケ酒をしててな。ナンパしたら引っかかったんだぜ!」
「ナンパして引っかかるとか羨ましいな。俺は成功した試しがない。おお! このチキンは美味いな。ガーリック風味が食欲をそそるし、ビールとも相性がいいし、最高だな」
「美味いだろう? 一仕事した後の酒とメシは最高だぜ!」
彼がいつ仕事をしたのか分からないが、それについてベアトリスが答えた。
「何が一仕事よ! あなたいつもリュートを弾いてるだけじゃない! 馬車の荷下ろしでも何でもいいから仕事しなさいよ! 私にずっと養われるとか情けないと思いなさいよ!」
「ああ。情けないな。でも、俺はヒモである事を誇りに思う。なぜなら、音楽家にとってヒモとはステータスの一つだからな。俺を愛してくれて音楽に専念できる環境を整えてくれるパートナーがいるというのは俺たち音楽家にとっては勝ち組だ。
そりゃ、金持ちの家のヤツが親の金で道楽してるってのはよくある話だ。良い音の出る楽器は高いしリュートのこの弦だって何度も張り替えないといけねえ。金があるに越したことはねえ。
でもよ、そんな恵まれたヤツばかりが成功できて俺みたいな普通の家の出の人間が成功出来ないなんておかしいだろ? そりゃ、ラジオで俺の歌声を流してくれって言ったらこの国じゃ流してくれるぜ? でもな、おれは自分の思う音楽を思うようにやりてえんだよ。人が喜ぶような、流行っているような音楽を作れって言われてもしたくない。自分の思う音楽がしたいんだよ」
「前の世界で同じような事を言ってる友人がいたな。彼と一時期、一緒に音楽をしていた時もあった。きっかけはメンバーが急にいなくなったから、代わりにそいつの楽器が出来たらなって呼ばれたから行ったんだが、その時、俺は使った事も触ったことも無い楽器を普通なら一年とかかかるのに、数分で使いこなせてしまった事があったんだ」
「ええ! そんな事あるのかよ! 前世で音楽家だったのか? じゃなきゃ無理だと思うぜ」
「それがプリーストのような人に過去世の事を聞いた事があるんだが、音楽家だった過去世については一言も言わなかったな。でも出来てしまった。
それに驚いた友人は当時予定していた公演に間に合わせようと俺に三曲マスターしろ! 一週間で! と、冗談だって言っていたが結局、間に合ってそのまま公演会をしたら通りすがりに何人か来て驚いていたな。音楽の指導者まで来ていたんだ。
そして、その後、何度か公演していったが、本業の疲れもあって、体がだんだんおかしくなっていったんだ。そういう時、向こうじゃ理解あるファンが癒してくれるってのがよくあるパターンだったのに俺には一人も居なかったんだよふざけてんのか! ……あ~!」
「何でそんな事になんだよ? 狂ってんのかその世界。そんなとんでもない事をしたならモテてモテてお前の夜が破綻するのが普通だろうが?」
「みんなそう言っていたよ。だから俺は他の公演者のファンに聞いた。何でこんな事になるのか分からないってな」
「それでどうだったんだよ?」
「熱心なファンに聞いたら、何というか、家事も出来そうだし私らみたいなのが必要なさそうだからって言っていたな。次にファンなのか付き合いで来たのかイマイチ分からない程度のファンに聞いたら、そうなる理由が全く分からないって言っていたな」
「酷えな。それ結局、答えが分からないし、出ないって事だろ?」
「そういう事だな。多分、依存心を受け入れてくれるかどうかが関係してるんじゃないか? ベアトリスはどうなんだよ?」
「それな。あると思うぜ。こうやって酒を飲んだ後はベアトリスの家で寝るんだけどよ、バブバブ言ってんだぜ? もう仕事嫌だ~って泣きながら俺に抱きついて来るんだ」
するとそれを聞いたベアトリスは言った。
「ちょっと! それ以上言うと今までの飲み代を全部払わせるわよ! いくら払ったか分かってるんでしょうね! 音楽するなら、ライリーみたいに仕事しながらにしなさいよ!」
「おいおい、待てよ。俺が払えるわけねえだろ! なあ、ソフィアならすぐに払える仕事を知ってんじゃねえか?」
そう言うとソフィアは言った。
「あと数週間で商隊の馬車が毎日、何台も来て荷下ろしをする仕事が一ヵ月くらいあるんだけど、ほとんど寝ずに働けば稼げるんじゃないかな? 給料は高いよ? やる?」
「いや、遠慮するぜ。俺は音楽に生き、音楽に愛された人間だ。音楽を奏でた後にこうやって酒場で英気を養う。そして、俺の一番のファンと寝る。音楽家冥利に尽きるってもんよ」
「それで結局、自分のやりたい音楽のためにベアトリスに稼いでもらうの? 他にも音楽の仕事はあるし、王城の晩餐会とかの演奏とかもあるのに?」
「ああ。王城の仕事はな、ダメだった。俺のやりたい曲がなかったんだよ。あれじゃ俺の魅力は伝わらないぜ! ああ~……」
そう言うとオディロンは寝てしまった。ベアトリスはいつもの事だと言うとそのままいつから待機していたのか分からない馬車にオディロンを放り込むと帰って行った。
ライリーたちもそろそろ帰ってバブバブするかと言うとソフィアは潤んだ目でいいの? と言いながら腕を組んだのだが、彼女が酔っていたのかどうかは分からなかった。




