第10話 メイド稼業
- 夢の中 -
今日も夢を見た。美しい丘を登るといつものガゼボが見えてくる。いつものと思うのも忘れているだけで前の世界でも何度も訪れているからだろう。到着するといつもの石の椅子に腰かけると彼女は言った。
「こんばんは。今日は良い一日でしたね」
「ええ。本当に良い一日でした。この世界の事もある程度は知る事ができました。良い世界で良かったです」
「それはなによりです。この世界は一見すると善良な人々が多く住んでいる中世ファンタジーのような世界なのに政治のシステムや人々の意識が進んだ世界のようにも見えますが、魔族が問題を引き起こしているという問題があります」
「そのようですね。どこを見ても平和な良い世界かと思ったのですが、どうして問題を起こすのでしょう? やはり混沌を望むのでしょうか?」
「進んだ世界では過去の荒々しい強さに憧れを抱く人もいます。彼らはどうしても平和で穏やかな世界に納得できないのです」
「過酷な世界でこそ生きているという感じがするという人もいますが、そういう事への憧れと悪意が混ざった雰囲気となっているのが魔族領ということでしょうか?」
「凡そ、そのように考えてもらってかまいません。ですが、彼らの中にもこのままでいいのかと迷っている魔族も多くいます。迷いから徐々に良心の呵責に苛まれるようになると魔族の習慣は正しい事なのかと考えるようになり、やがて平和な暮らしを求めるようになります。
なので町で見かけたりする魔族はこういった経緯でこちらへやってきて暮らしている者もいますし、その子の世代の魔族もいます」
「では、何らかの事情で魔族領を離れられないとか魔族領の中でも比較的、安全だったり善良な市民の多い場所の魔族が人間と取引をしているということでしょうか?」
「そういう事になります。しかし、最初から人間を騙そうと近づく魔族もいますのでそこは注意が必要です」
「そういえば、この国の住人は他人に対して接した時間がかなり短くても好意を抱いたり信用したりする傾向があるように見えますが、これは精神性が高い事が理由でしょうか?」
「そういう事になります。この国の住人はこの世界の中でも特に精神性が高い方なので出会ってすぐに善良な人かどうか、信頼に足る人かどうかというのが感覚で判断できます。あなたは前の世界ではこの事で相当、苦労されていましたからこの世界の方が性に合うのではないでしょうか?」
「確かにあれは苦労しました。何で人を思いやる行動をする事が人を騙そうとしている事に直結するのか理解が出来ませんでしたが、この世界に来て優しい人々に囲まれて、ようやく分かった気がします。
まあ、向こうでの私の周りにいたのが下心がある人間ばかりだったのが理由かもしれませんが?」
「そこは人によりけりとしか言いようがありませんが、少なくともあなたは前の世界では積極的な行動に重点をおくべきだったと思います。でも、腐ってしまわなくて良かったと思います。普通なら自暴自棄になるような状態でしたが耐えていましたからね」
「それだけは回避しないとと思って過ごしていました。何せ、あれだけ耐えたんだから幸せが来る事を諦めてはいけないと思っていましたから。自暴自棄になって何かやらかしてしまったらそれこそ幸せは遠のくどころか無くなってしまうように思えました」
「といっても、自暴自棄になって何もかも無くなった時にこんなところにこれが? というように何かが見つかる事もあるかもしれません。しかし、当然、リスクが生じますので慎重に行動した方が無難ですけどね」
「そこが私は怖いなって思うところなんですね。まあ、そのおかげで楽しい事をするときも思いっきり楽しむという事はあまり出来なかったように思えますが」
「だからこそ、この世界では楽しむこともしましょう。前の世界みたいにいつも苦虫を嚙み潰したような顔をする必要もありません。明日からは空き家に住むかどうかといった事も考える必要がありますが、私はこのまま屋敷に住む方がいいと思います。
屋敷に住んでいて、あの空き家は実験や遠征の準備等に使用してもいいかもしれません」
「遠征というと、魔族領に行くことがあるかもしれないということでしょうか?」
「そうなります。と言っても、当分、先の事なので今は特に考えなくてもかまいません。まだ明け方ですが、そろそろこの夢も終わります。
一旦、目が覚めると思いますがメイドが覆いかぶさっていますので驚いて頭突きしないように注意してください」
「わかりました。それにしてもあのメイドは気が付いたら部屋の隅にいて普段は気配が全くないので何かあるような気がしますが、もしかして他の人には見えていないとか?」
「いえ、彼女は人間です。それについては起きてから尋ねられるといいでしょう」
- 目が覚めてから -
彼女の言うように目が覚めたら確かにメイドが覆いかぶさっている。しかも真剣な目で。ライリーは尋ねた。
「何かしようとしたのか? 涎が垂れて来そうな気がしなくもない顔をしているが?」
「い! いいえ。何でもありません。ちょっと気になってしまったので見つめていました」
「そういえばいつも気配が無いのに、用事があるときはすぐにいるのが分かるのは気配をコントロールしているのか?」
「そうです。私はこうして必要に応じて部屋で待機する事もあれば、用事が出来たらそちらへ向かうようにしています」
「相当に手練れな暗殺者みたいな事してるな。メイドだけが仕事じゃなくてそういう仕事もやってるとか?」
「必要とあらば行います。私は以前、魔族領との問題が生じた時に傭兵として派兵された事があります。首謀者を片づける事に成功しましたがあの時ほどこの気配をコントロールする事が役に立ったと思えることはなかったものです」
「俺も暗殺されそうになっていたのか?気をつけないとな」
「とんでもない。あれはキスしたくて……あ……」
「そのまましてくれてもよかったんだけどな?」
「あ……あの……私ももう我慢が、出来ません!」
「なあ、いくらなんでもいきなり過ぎないか?ほとんど話した記憶もないんだが?」
そう言うと彼女は狂ったように俺の体に、羽交い締めするように抱きつき、貪るように顔を近づけた。言っている事もそうだが、見た目からしてこのメイドは二十歳を超えているように見えるので特に問題はないだろう。
ソフィアは……愛しているし、最高に可愛いが年の差があるし、今日はまあ、いいんじゃないかと思う。
そもそもこれは本当に夢から覚めているのかもよくわからない。明日になれば良い夢だったと思えるとしたらそれはそれで物悲しいものがある。




