9 共通点
口元に手を添えて考え込んでいたアンディがハッと目を見開く。
「その条件だと、エミリーさんが危ない」
「誰だ? 騎士団員か?」
「いいえ、騎士団の食堂で働いている一般人です」
「わかった、帰りは騎士に送らせるように話をつけておく」
「あの、エミリーさんはいつも僕が送っています」
アンディが言えば、ネクターは目を瞬かせ、口角を上げる。
「ではアンディに引き続き任せるとしよう」
ネクターが言えば、アンディが「はい」と元気よく返事をした。
「それにしても、アンディにいい人がいたなんて気付かなかったよ」
「いい人?」
アンディは首を傾ける。ネクターは生暖かい目をアンディに向けた。そしてすぐに隊長の顔に戻る。
「スタンも狙われる可能性がないわけではない。アンディはスタンから絶対に離れるな」
「わかりました」
「私は少し休ませてもらう。なにかあれば通信機で知らせろ」
俺たちは夜からだが、ネクターは朝からずっと働いている。「仮眠室に行く」と部屋を出て行った。
「飲んだらまた見回りに行こう」
俺とアンディはぬるくなった紅茶を飲み干して、執務室を後にする。
朝日が昇るまで街を回ったが、この日は異常がなかった。
エミリーちゃんの出勤時間に合わせて、彼女の家の前で待つ。この時間にはノリスはいなかった。
家から出てきたエミリーちゃんが、俺たちを見つけて慌てて駆け寄ってくる。
小石に躓いたエミリーちゃんを受け止めようと咄嗟に手を出すが、彼女はアンディに受け止められる。
腰を落として両手を出しながら固まる俺は、視界に入っていないのだろう。
エミリーちゃんは顔を赤くして「ありがとうございます」とうっとりとアンディを見つめていた。エミリーちゃん、可愛いな!
アンディは「怪我がなくてよかったです」と爽やかに口角を上げる。
「向かいながら、話を聞いてください」
エミリーちゃんを真ん中に挟んで、並んで歩く。
「今日はスタンさんも一緒なんですね」
俺はいつも離れて歩いている。エミリーちゃんが危険かもしれない、と伝えるために今日は俺も二人と並ぶ。
「俺たちが今追っている事件で、エミリーちゃんのような金髪で緑色の目をした人が狙われている可能性があるんだ」
エミリーちゃんは目を見開いて、ヒュッと喉を引き攣らせる。口元に添えられた手は、カタカタと震えていた。
普通の女の子が、見た目で事件に巻き込まれるかもしれないなんて聞いたら怖がってしまうのは当然だ。
「でも、仕事の行き帰りは必ず僕たちが一緒です。エミリーさんのご家族で、同じような特徴の人はいますか?」
「いえ、両親も兄も当てはまりません。私のこの目の色は祖母譲りで、祖母はもう他界しています」
あまり瞳の色に注目して人を見たことがないが、緑色は確かに珍しいかもしれない。道を行き交う人を観察するが、全く見つけられなかった。
騎士団本部に着き、食堂までエミリーちゃんを送る。
「帰りもここで待っていてください」
「はい、ありがとうございました」
エミリーちゃんは深く頭を下げて、すぐに食堂に入って行った。
俺たちも執務室に顔を出す。全員が集まっていて、ネクターが話し始めるところだった。俺たちは急いで席に着く。
「暗くなってからの外出を禁じることとなった」
それが一番安全だ。妥当だと思う。
「別の隊とも連携を取り、スタンを囮にする」
ざわめきが上がるが、ネクターが咳払いをすると静まり返る。
「スタンに見向きもしないかもしれないが、しばらくそれで様子を見る。一刻も早く、犯人を捕らえるぞ」
全員が「はい」と声をそろえた。
俺とアンディは家に帰らされ、夜に備える。
夕方まで眠り、麻のシャツにゆったりとしたズボンに着替えた。
剣を持って部屋を出る。すでに身支度を終え、リビングで座っているアンディに剣を渡した。
「俺のも持ってて」
「わかった」
アンディは俺の分も剣ホルダーを巻いて、二本の剣を携帯した。
家を出て、真っ直ぐ騎士団本部に向かう。
食堂へエミリーちゃんを迎えに行き、彼女を家まで送る。
「今日は付いてこなかったな」
俺が漏らせば、エミリーちゃんは目を大きく見開いた。
「今日はって、いつもつけられていたんですか?」
「昨日までは間違いなくいた。諦めてくれたならいいけどね」
「明日も迎えにきます。この後は絶対に外へ出ないでくださいね」
「はい、今日も送ってくださりありがとうございました」
エミリーちゃんが家に入るのを見届けて、踵を返す。
「アンディはどう思う? 諦めたと思うか?」
「どうかな? 一日だけじゃわからないね。諦めてくれてたらいいけど」
俺たちはすぐに騎士団本部に戻り、執務室に入った。
席に着き、報告を聞く。今日の聞き込みでも、ナージャとラフィットを結びつける証言は得られなかったようだ。
その後は会議室に移動して、別の隊とも合流する。囮になる俺を中心に、誰をどこに配置するかの話し合いが始まった。