8 二人目の被害者
ビー! と鳴り響く通信機で飛び起きた。時計を確認すると、深夜の零時を少し過ぎた頃だった。
嫌な汗が額に滲む。
隊服から通信機を取り出して、ボタンを押した。
『アンディとすぐに来い。場所は噴水広場』
ルプスからの通信はすぐに切られた。
焦りながら隊服に着替えていると、部屋の扉が勢いよく開かれた。
血相を変えたアンディが、部屋に飛び込んでくる。
「お兄ちゃん、ネクター隊長から連絡があった」
「ああ、俺もルプスに聞いた。行こう」
全速力で噴水広場まで駆ける。
広場は暗かった。月が出ているから、目を凝らせば人がいることがわかった。
噴水の近くに何人かの人影を見つける。そちらに走れば、ネクターとルプスが俺たちに気付いた。
噴水の傍に人が倒れている。腹部を切り裂かれ、地面には血溜まりができていた。短い金髪の男性だ。緑色の目は、片方しかなかった。
「またですか?」
「ああ、同じ犯人だろう。傷口からも甘ったるい匂いがする。もうこの匂いも無関係ではない」
ルプスはスンスンと鼻を鳴らしている。
「やっぱり僕にはわかりません。血液の匂いしかしなくて」
「今回も所持品は荒らされていない。だが、ナージャの関係者にこの男性はいなかった」
「被害者の共通点から犯人を見つけるのが難しいってことですか?」
「そうだな。無差別の可能性もある」
ネクターの言葉に、声がつっかえて出てこない。胸の辺りを不快でさすった。
「明日から、夜の警備も増やす。スタンとアンディは明日は夜に出勤してくれ」
「わかった」
「はい」
返事をして、辺りに気を配りながら帰宅した。
夕方にエミリーちゃんを送り届けてから出勤する。
被害者の名前はラフィット・マーティー。四十二歳の靴職人。友人と夜の十一時まで酒を飲んでいて、そこから零時までの間に殺されている。
ナージャの時のように、彼にもトラブルなどはなかったようだ。ナージャとの接点もなし。
ここまで何も情報がないということは、ネクターの言う通り、無差別の可能性も出てきた。
警戒しながら街を見回る。
「アンディはどう思う?」
「また事件が起きるかもしれないってことしかわからないよ」
アンディは声を萎ませる。
「そうならないように、俺たちにできることをやろう」
しばらく歩いていると、飲食店から人が出てきた。
かなり酔っているのか、足元がフラフラしている。真っ赤な顔をしていて酒臭い。
「家まで送ったほうがいいんじゃない?」
「そうだな」
ここで一人で帰して、この人が殺されたら悔やみきれない。
「家まで送りますね。どこですか?」
足取りは怪しいが、「家はこっち」と進んでいくから後をついていく。家の中に入るのを確認して、俺たちはまた街を歩き回った。
日付が変わる頃に通信機が鳴った。
また事件が起きたのかと思って慌てて通信を繋げる。
『一度執務室に来てくれ』
ネクターの声は穏やかだったから、事件ではなかったと安堵する。
執務室に入ると、ネクターが温かい紅茶を淹れてくれた。
息を吹きかけて一口含む。ホッと息を吐き出した。
「ナージャとラフィットの共通点なんだが……」
ネクターがそこで言葉を途切らせた。
見つかったのか? 俺とアンディは紅茶のカップを置いて背筋を伸ばす。ネクターの言葉を待った。
「これが怨恨ではないと仮定して、金髪碧眼は偶然だと思うか?」
「……二人だけなら偶然かもしれませんが、もしもう一人同じような人がやられたら、偶然ではないと思います」
アンディが硬い声で答えた。
ナージャとラフィットには接点はない。それしか共通点が見つけられなかったんだ。
「俺が囮になろうか?」
俺は金髪だし、空色の瞳をしている。
「近くに騎士を待機させてやってみるのもいいが、薄いと濃いの違いはあっても、被害者は緑色の目をしていた。珍しい色だからな。スタンの色には、食いつかないかもしれない」
そうか、と肩を落とした。