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7 聞き込み

 朝だから酒場はやっていないと思っていたが、ナージャの訃報を知らされて、店主の男性と十人の女性従業員が集まっていた。全員が泣き腫らしたような顔をしている。ナージャは職場の人間関係は良好だったのだろう。


「すみません、ナージャさんについて聞かせてください。昨日はこちらで零時まで働いていたと聞いたのですが」

「はい、間違いありません。夜の六時から夜中の零時まで働いていていました」


 ジュリアが訊ねると、恰幅のいい髭を生やした店主が涙声で答えた。


「何か恨まれていたり、トラブルに巻き込まれていたりといったことはありませんでしたか?」


 ジュリアが聞いている間、俺とアンディは従業員を観察する。

 全員が首を傾げたり近くの人と話したりと、不自然な行動をする人はいなかった。


「ないと思います。ナージャは真面目で明るく、従業員や客からも好かれていました」


 そうだ、と肯定するように、従業員たちが頷く。


「では、甘い匂いに心当たりはありますか?」

「甘い匂いですか?」


 店主が従業員に目を向ける。全員が記憶を辿っているようだが、何もわからなかった。


「甘い食べ物が好きとか、甘い匂いの香水をつけていたとか」


 俺がそう付け加えると、否定された。


「ナージャは柑橘系の匂いを付けていることはありましたが、甘い匂いは付けていなかったと思います」

「甘い物も食べていなかったと思います。ダイエットをしているとかで」


 酒場ではなんの情報も得られなかった。

 俺たちは騎士団本部に向かって歩き出す。


「アンディは従業員に甘い匂いがするやつはいたか?」

「半分くらいはお花みたいな匂いがしたよ」

「花?」


 ジュリアが眉を顰める。俺たちは頷いて、ルプスが嗅いだ花が熟れたような匂いのことを話した。


「従業員の人たちはお花みたいな匂いはしたけど、熟れたって表現が合うような匂いじゃなかった」


 進展はなく、小さく息を吐いた。


「でも女性は大変だな。美人でスタイルが良くてもダイエットしてるなんて」


 ナージャの写真を思い出して言えば、ジュリアがモゴモゴと何かを言っていたから聞き返した。


「スタンはナージャさんのような人が好みなのか?」


 視線を彷徨わせて聞かれるが、ジュリアからこんな話を振られると思わなくて目を見張る。


「好みっていうか、美人は目の保養」

「では、どんな人が好みなんだ!」


 真っ赤な顔で叫ばれて、勢いに圧倒された。

 ジュリアは奥歯を噛み締めて、俺の目をジッと見てくる。眉間にはどんどん深い皺が刻まれていった。


「いっぱい食べる人の方がいいかな」

「太ってもか?」

「健康を害するくらい太ったら、心配だから痩せた方がいいと思うけど。一緒に走ったりするのも楽しいんじゃないの」


 仲の良い女性なんていないから、想像することしかできないけど。

 ジュリアは「そうか」と頬を緩める。

 黙ってついてくるアンディに引っ付いて耳打ちした。


「なんでジュリアは急に機嫌が良くなったんだ? さっきまで睨んできたのに」

「あんなにわかりやすいのに、お兄ちゃんは気付かないんだね」

「何を?」

「僕が言っていいことじゃない」


 アンディに「早く報告に行こう」と話を切り上げられた。





 執務室に戻り、ネクターに酒場でのことを報告した。まだ全員帰ってきていないから、早めに食事を取るように言われた。


 アンディとジュリアと食堂に向かう。

 カレーとサラダを注文すると、今日もエミリーちゃんが可愛い顔を綻ばせてよそってくれる。


「エミリーさん、終業後に迎えにくるので、食堂で待っていてもらえますか?」


 アンディが声をかけると、エミリーちゃんは頬を染めて満面の笑みで頷いた。

 料理の乗ったトレーを持って席に着く。

 ジュリアはスープとサラダと大盛りのパスタを持ってきた。その量に目を見張る。


「それ、食えるの?」

「ああ、私は結構食べるぞ」


 ジュリアが大食いのイメージはなかった。アンディは口元に手を添えて、笑いを堪えているように見えた。頬がピクピクとしている。


「どうした?」

「なんでもないよ。いただきます」


 アンディが手を合わせて食べ始めたから、俺もそれに倣った。

 俺とアンディが早々に食べ終わり、ジュリアはパスタを三分の一ほど残して手を止める。


「食わないの?」

「ちょっとキツくなってきた」

「自分で食べられる量を知っとけよ。残したらもったいないだろ」


 ジュリアは「そうだな」と肩を落として項垂れた。


「それ、よこせ」


 手を向ければ、ジュリアは両手でパスタの皿を俺に差し出す。

 残りを食べるが、サラダ用の小さなフォークだから食べにくい。


「アンディも食うか? 美味いよ」


 アンディと半分こして、パスタを完食した。


「食べてくれてありがとう」

「食えないなら大盛りを頼むなよ。食べ切って、足りなかったらまた注文すればいいんだから」


 貧しい村で育ったからか、食べ物を残すということがどうしても苦手だ。


「そうだな。気をつける」


 ジュリアは素直に頷いた。いつも気の強いジュリアがしおらしいのは調子が狂う。


「片付けて戻ろう」


 アンディが立ち上がり、トレーを返しに行く。俺とジュリアもその後を追った。





 執務室に戻ると、すでに全員が揃っていた。急いで自分の席に着く。

 俺たちが座ると、ネクターが声を上げた。


「全員から報告を受けたが、被害者について何も情報を得られなかった。もう少し範囲を広げ、徹底的に彼女のことを調べてほしい」


 俺たち以外も、新しい情報を得られなかったようだ。

 何も話し合う材料がなく、解散になる。


「酒場以外にもどこか聞きに行くか?」

「現場近くで目撃情報がないか聞いてみよう」


 ジュリアの提案に頷く。


「アンディは花が熟れたような匂いがしたらすぐに教えろよ」

「うん、任せて」





 時間が昼過ぎということもあり、現場近くはマーケットで賑わっていた。

 道ゆく人に夕暮れ時になるまで聞き回っても、何もわからなかった。

 執務室に戻ると、やはり誰も成果を得られていない。

 今日は帰宅をすることになる。





 執務室を出て、アンディと食堂に向かった。


「お待たせしてすみません」


 アンディがエミリーちゃんに頭を下げると、彼女は手と首を振る。


「いえ、引き受けてくださって、ありがとうございます」

「家まで案内してください。お兄ちゃんは離れてついてくるので、絶対に僕たちが守ります」

「よろしくお願いします」


 エミリーちゃんのアンディを見る目がキラキラと輝いている。あんな目を向けられて、アンディはなんで冷静でいられるんだ? こんなにわかりやすいのに、もしかして気付いていない?

 鈍感な弟でごめんね、と心の中でエミリーちゃんに謝る。


 騎士団本部を出て、アンディとエミリーちゃんが並んで歩く数メートル後ろを物陰に隠れながらついていく。

 二人を追う人影を見つけた。ひょろっとした黒髪の男だ。こいつがノリスで間違いないだろう。


 ノリスはエミリーちゃんをジッと見つめて、ただついていく。

 エミリーちゃんの家まで着き、彼女が家の中に入るのを見届けて、アンディは寮に向かう。


 俺のところに来ないということは、アンディも尾行に気付いているのだろう。

 アンディが寮に入ると、男は踵を返した。

 男が見えなくなって、俺も寮に入る。


「ただいま」


 部屋に入ると、アンディが玄関で待っていた。


「お兄ちゃんおかえり。どうしたらいいのかわからないね。ついてくるだけだから。エミリーさんに声をかけてくるなら、僕がやめて欲しいとはっきり言えるのに」

「しばらく様子を見て、このままついてくるだけなら、こっちから声をかけよう」

「うん、わかった」

「アンディはエミリーちゃんを絶対に一人にするなよ」

「わかってるよ」


 ただついてくるだけでも、怖いだろう。


「そういえば、行きはどうなんだ? 迎えにいくか?」

「そうだね。明日の朝迎えに行ってみるよ」





 三日が経過したが、ナージャのことはなにも進展していない。

 ナージャの悪い噂をする人も誰一人いない。ナージャはみんなから愛されていたということだけがわかった。

 エミリーちゃんの件も変わらず。ただノリスは毎日ついてくるだけ。



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