4 騎士団の仲間
騎士になって四年が経ち、俺は十八歳になった。まだ父さんの情報は得られていない。
「暇だ」
春の日差しが差し込み、室内をポカポカと暖める。我慢せずに大きなあくびをして、滲む目尻を拭った。
執務室でイスの背もたれにもたれかかり、天井を仰ぐ。
白を基調とした部屋には、人数分の執務机が二列に配置されている。
隊長であるネクターの机だけは窓際の真ん中に置かれていて、書類が山のように積まれていた。
「私たちが暇なのはいいことだろ!」
額を叩かれて、そこを押さえながら座り直す。
俺より二歳上のジュリア・ラードナーだ。ミルクティー色の長い髪を後頭部で束ね、大きなアンバーの瞳を鋭くさせて俺を見下ろす。
「暇が嫌なら書類庫の掃除でもしなさいよ」
ジュリアは胸の大きな美人なのだが、気が強くてなぜか俺にだけ当たりがキツい。もう少し柔らかく言ってくれてもいいのに、と息を吐いた。
ジュリアはネクターの執務机に乗っている書類を仕事がしやすいように並べ替える。
俺たちの仕事が暇なのは、それだけ街が平和だということだ。
書類庫の掃除に向かおうと思ったが、時計を見るともうすぐ十二時。昼食を食べてからにしようと決める。
食堂に移動して、Aランチを注文した。
「こんにちは。今日はお一人なんですか?」
スープを器に注ぎながら、笑顔で声をかけてくれたのは、騎士団の食堂で働いているエミリー・マリーニちゃん。肩より少し長い金髪を耳の下辺りで二つに束ね、吸い込まれそうなほど綺麗な薄緑色の瞳に見上げられる。
アンディと同じ歳の彼女は小柄で笑顔が可愛く、騎士団で働く男たちのオアシス。
騎士団員全員の顔と名前を覚えているのか、だれにでもこうやって声をかけてくれる。残念ながら、俺が特別なわけではない。
「アンディは騎士団の研究所で健康診断してるから、今日は俺一人なんだ」
「そうだったんですね。いっぱい食べてくださいね!」
エミリーちゃんはメインであるロースト肉とマッシュポテトを少し多めに盛ってくれた。
そして小さく折り畳まれた紙をトレーに乗せると、後ろに並んでいる人に「何になさいますか?」と声をかけた。
俺はトレーを持って、空いている席に座る。
エミリーちゃんに渡された紙を開いた。
『今日の終業後に、お話を聞いてください。騎士団本部の中庭にあるベンチで待っています』
マジ? 俺ってエミリーちゃんにとって特別だったのか?
バクバクと鳴る胸を押さえ、こっそりとエミリーちゃんに視線を送る。エミリーちゃんは笑顔で食事をよそっていた。笑顔が眩しい。
エミリーちゃんは俺の視線に気付いたのか、こちらに目を向けて小さく会釈をする。可愛くて思わず見惚れた。
丁寧に紙を折りたたんで、胸ポケットにしまう。いつもより昼食が美味しく感じられたのは気のせいではない。
足取り軽く執務室に戻る。
「書類庫の整理してくる!」
「なにその締まりのない顔」
ジュリアに冷めた目を向けられるが、広い心で接することができる。だって俺はエミリーちゃんに誘われたのだから。
「いいことがあったのかい?」
ネクターが執務机の上にある書類の山から顔を出す。この部屋にはジュリアと二人だけだと思っていたから、目を丸くした。すぐに顔を緩める。
「そうなんだよ! じゃあ俺、書類庫にいるから」
カビ臭くて埃っぽい書類庫なんていつもなら入りたくないが、今日は気分がいいから全く苦ではない。
窓を開けると、身体を撫でるような柔らかい風が吹いていた。
暖かくて過ごしやすい気候だが、あと一月もすれば日差しが強くなって暑くなる。
俺は棚の埃を落とし、床を磨く。
ガタガタに入っているファイルを年代ごとに綺麗に並べた。
ふと入り口付近の棚に目を向ける。そこはヴァンパイアが起こした事件の調書がまとめられている場所だ。
全てを暗記するほど目を通した。父さんに繋がる可能性がないかと考えて。
「父さんは今、どこにいるのだろう」
沈んだ声にハッとして、首を振る。
さっきまでエミリーちゃんのことで浮上していたのに、一気に心が暗くなった。
俺が暗い顔をすると、アンディが心配する。
エミリーちゃんのことを思い浮かべ、頬骨を上げた。
「よし! 続きをやるか」
両頬を叩いて、気合を入れる。
終業の一時間前には見違えるほど綺麗になった。
書類庫全体を眺めて、腕を組みながら頷く。
扉が開き、ルプスが入ってきた。
「おっ、綺麗になったな」
ルプスが見違えた、と眉を上げた。
それなのにファイルを適当に突っ込むし、換毛期だからか抜けた毛が舞う。
「そこじゃないって! このファイルはここ! 毛もすごい抜けるな。ブラッシングしてやろうか?」
ルプスは「悪い悪い」と全く悪びれもない様子で笑った。
ルプスを先に出し、床に散らばっている毛を片付けて執務室に戻る。
執務机で書類に書き込んでいるルプスの頭をブラシで梳かす。ブラシにごっそりと毛が絡まった。
「ルプスやばいな。すげー抜けるよ」
俺がルプスにブラシを見せると、ルプスも驚いたように目を丸くした。
「スタンは何をしているんだ! ルプス副隊長に失礼だろう! それといい加減、敬語を覚えろ」
顔を青くしたジュリアが、俺からブラシを取り上げた。俺の後頭部を掴んで、ルプスに向かって頭を下げさせる。
「いてーよ! ルプスは俺にブラッシングされるの好きなんだって」
子供の頃からルプスに鍛えられて、一緒に過ごすことが多かった。換毛期にはアンディと二人でルプスの全身をブラッシングした。今は隊服を着ているから、頭以外はできないけれど。
「ジュリアの言うこともわかるが、俺は気にしていない。今更スタンに敬語を使われても気持ちが悪い。だが、よその隊の人たちには礼儀正しく接しろよ」
「分かってるって! 俺だってそれくらい弁えている」
ジュリアからブラシを受け取ると、再びルプスのブラッシングをする。
それが終わると執務室の掃除をして、終業時間に退勤した。