38 エピローグ
次の日は出勤しても無気力で、席に着くと同時に机へ突っ伏した。
俺が騎士団に入った目的は父さんを探すことだった。それが叶った今、意気込みに欠ける。
ジュリアが隣に座り、「おはよう」と声を掛けてきた。
「ああ、おはよ」
「どうした? 魂が抜けたような顔をして。アンディもどことなく沈んでいるように見えたし」
「アンディに会ったの?」
「エミリーさんを迎えに行ったら、アンディが来たから任せることにした」
ジュリアにエミリーちゃんを頼んだことを思い出した。
「……なぁ、ジュリアはどうして騎士になったんだ?」
「困っている人を助けたいからだな」
なんの迷いもなく、澄んだ瞳でジュリアは即答した。
「俺はそんなこと考えて入ってない」
「騎士になる理由なんて人それぞれだろう。親が騎士だからだとか、安定した給料がもらえるだとか、そんな理由で騎士になりたい同期はいた」
「その理由でジュリアはなんとも思わないの?」
「どんな理由であれ、騎士として市民を守る志があれば気にならない。スタンだっていつも人々を守っている。この間の違法ドラッグの事件だって、自分が囮になろうとした。事件を早く解決して、他に被害者を出さないためだろう?」
ジュリアに言われて腑に落ちた。
アリスト博士も名前のない奴隷だった女性も、正直怖かった。
実力的に俺には勝てないと思っても、剣を握ったのは守りたかったからだ。アリスト博士の時はアンディと守衛、名前のない女性の時はエミリーちゃん。
俺にも騎士としての志があったのだろう。
上体を起こしてイスの背もたれに背を預ける。
「おはようございます」
アンディが挨拶をしながら扉を開けた。俺の隣に腰を下ろした。
俺はジュリアに目を向ける。
「なぁ、ジュリア」
「ん? なんだ?」
「俺と結婚しねぇ?」
周りから咳き込んだり、イスから落ちて尻餅をついたり、持っているものを床に落としたりと大きな音が響いた。うるさくて思わず耳を塞ぐ。
アンディは机に額を打ち付けていた。
「大丈夫か?」
「全然大丈夫。僕たちはのことは空気だと思って続けて」
こちらを見ずに、手のひらだけを向けられる。
ジュリアに目を向ければ、顔を真っ赤にして口を震わせていた。
「な、え? あっ、……え?」
言葉を忘れたように、ジュリアは視線を逸らして口篭った。
「嫌なら別にいいって」
「嫌なんて言っていないだろう!」
ジュリアはすぐにこちらをキッと睨みつけて反論した。いいんだ。
「じゃあ結婚する?」
「いや、待ってくれ。私とスタンは付き合っていないよな?」
「そうだな」
「それなのに何で結婚?」
「ジュリアがいいと思ったから」
正直な気持ちを伝えれば、ジュリアはわかりやすく狼狽える。
「でもそういうのは段階を踏んでからだな」
「そういうもんか? それならまたどこかに出かけるか」
ジュリアが何度も頷く。
「またジュリアの作った弁当が食べたい」
「あっ、わかった。任せてくれ」
ジュリアは照れくさそうにはにかむ。
無意識にジュリアの頭を撫でていた。
ジュリアは身体を硬直させて、小刻みに震えている。
「悪い、つい」
「つい?」
ジュリアが片眉を跳ね上げる。何か変なことを言っただろうか?
「ああ、ジュリアが可愛く見えたから」
ジュリアは顔を両手で隠した。見えている耳や首まで真っ赤に染まっている。
始業時間になり、ネクターが機嫌よく扉を開けた。王弟についてなにか進展があったのだろうか。
俺が姿勢を正すと、ネクターが俺とジュリアの前に立った。ニコニコと聞こえてきそうな笑顔で。
「好きな時に一緒に休んでいいから!」
俺は目を瞬かせる。
「王弟について何かわかったんじゃないのか?」
「何のことだい? その件については念入りに調査しているから、昨日の今日では何も情報はきていない。王弟は王や騎士団長の隊が慎重に調べる。私たちが動くことはない」
シルヴァン周辺の騎士団たちが集まっているんだ。この件に関しては、近いうちに解決するだろう。
「さあ、みんな。そろそろ仕事をしようか」
ネクターが手をパンと叩くと、こちらを向いていた視線がなくなった。それぞれが自分のすべきことを始める。
「仕事が終わったらみんなで食事に行こうか。もちろん私の奢りだ」
ネクターの言葉に「ごちそうさまです」と全員が声を揃える。
奢りで食べる美味い食事はさらに美味いから、終業後が楽しみだ。
ジュリアは「ネクター隊長に生暖かい目で見られて質問攻めされるんだ。今日はたらふく呑んでやる!」と酒を飲む前から目が据わっていた。
「そんなに嫌なの? 俺とのこと言われるの」
「嫌なんて言っていない。ただ恥ずかしいだけだ」
「俺は別に恥ずかしくねーけどな。ジュリアがいいって言ったことは本心だし、恥ずかしい感情じゃないし」
ジュリアは俯いた。照れ屋なジュリアだから、その分俺が言葉にしていけばいい。
ジュリアは机に両手をついて勢いよく立ち上がった。大きな音に驚いて、全員が注目する。
「わ、私だって、スタンを想う気持ちは恥ずかしい感情ではない!」
部屋中に響き渡る声でジュリアが叫んだ。呆気に取られていたが、至る所から拍手が聞こえて我に返る。
「仲が良いのは良いことだね。でも今は仕事をしようね」
ネクターの言葉でジュリアは触ったら火傷しそうなほど真っ赤な顔で頭を下げると腰を下ろす。
俺は緩む口元を押さえて隠した。
見ていて飽きない。ずっと見ていられる。やっぱりジュリアがいいな。
父さんも母さんと会った時は、こんな感情だったのだろうか。
ジュリアと父さんに会いにいこう。
俺も一緒にいたい人に出会えたって話すんだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




