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34 大切な弟

「僕がいなければよかったんだ」


 アンディの抑揚のない声に目を剥く。


「何言ってんだ?」

「だって僕がいたからお母さんやエナさんも殺されて、お父さんだって人を殺した。僕は生まれてこない方がよかったんだ」


 俺は力任せにアンディの身体を押した。アンディはソファに仰向けになる。馬乗りになってアンディの胸ぐらを両手で掴んだ。


「そんなこと言うな! お前は生まれてきてよかったんだよ! 俺はアンディがいないと嫌だ」


 そんな悲しいことを言わないでほしい。俺にとってアンディはたった一人の大切な弟なんだ。


 涙が頬を伝い、アンディの隊服を濡らす。歯を食いしばっても止めることができない。


「アンディが生まれてきてくれて、私たちは言葉で言い表せないほど幸せだった。自分の存在を否定しないでほしい」


 アンディは両手で顔を覆って「ごめんなさい」と涙声を出す。


「二度と言うなよ!」

「うん」


 俺は袖で目元を乱暴に拭き、アンディを起き上がらせる。

 父さんに向き直って座ると、話が再開された。


「一人ではなかなか情報を得られず、時間がかかった。シルヴァンでオークションが行われていることを知り、探っている途中でハーフの双子がシルヴァンに移送されていることを知った。一人を助けたが衰弱していた。このままでは危ないと思って、ネクターさんを頼ろうと思った」


 コンコンと扉がノックされる。

 開錠の音とともに扉が開いた。

 ネクターが入ってきて、父さんが端に寄ると、軽く会釈をして空いたスペースに腰を落とした。


「子供は無事ですか?」

「はい。最初に助けられた子はまだ目覚めませんが、容体は安定しています。先ほど助けた子は、体調に問題はなく、疲れて眠っているのだろう、と医者は言っていました」


 二人とも助けることができて胸を撫で下ろす。

 ネクターは目と眉の幅を狭め、深刻な表情を見せる。


「騎士団長から連絡が入った。王が危篤のようだ」

「は?」


 驚きすぎて、大きな声が出てしまった。

 ネクターが苦笑する。


「話は最後まで聞きなさい。王が危篤と言って、王弟を王都に呼び出した。王都とシルヴァンは距離がある。朝イチの列車に乗って王弟はシルヴァンを発つ」

「大丈夫なんですか? 王が危篤なんて嘘で呼び出して」


 アンディがおずおずと口を挟む。


「王の発案だ。王弟が不在の間にシルヴァン近隣の街にある騎士団で、街の中を徹底的に調べる」

「王都に素直に来るか? 闇商人たちが捕まったのに」

「全員を捕まえたのだから、連絡はいっていないだろう。連絡がいっているとしたら、君たちの父親に子供を一人連れて行かれた、くらいだ。その時は個人で動いていた。騎士団と関わりがあるとは思っていないはずだ」

「早く証拠を掴めるといいな」

「そのためにキョーナは少し離れているが、騎士団員の半分がシルヴァンに向かった。残りの半分で、捕まえた闇商人たちを一斉に取り調べている」


 キョーナからも向かったということは、相当の数の騎士団がシルヴァンに集結するのだろう。キョーナより近い街は七つは思い浮かぶ。


「俺たちも向かうのか?」

「いや、私の仕事はハーフの子供を保護すること。取り調べで子供たちの故郷もわかるだろし、子供たちは医者の判断で帰れるだろう。万が一親が子供を売っていたなら、キョーナの孤児院で育てられることになるだろうが」

「それなら僕たちはこの後どうするんですか?」

「明日王都に帰る。私は君たちの父親を捕まえる」


 ネクターの言葉に俺とアンディは顔をこわばらせた。

 理由があるにせよ、父さんは人を殺しすぎた。


 俺たちは騎士だ。父さんを捕まえなければならないと頭ではわかっていても、気持ちが追いつかない。

 父さんは穏やかに頷いた。


「シルヴァンのことが明るみになれば、心残りはありません。よろしくお願いします」

「情報提供に感謝します。必ず真実を白日の元に晒します」


 ネクターは父さんに向かって深々と頭を下げた。


「チェックアウトは朝の十時だ。それまで三人でこの部屋を好きに使ってくれ」

「お父さんを捕まえないんですか?」


 アンディは不安気にネクターを見つめる。ネクターは父さんを捕まえると言っていたのに、好きにさせるとはどういうことだろう。


「キョーナの騎士団は闇商人のことで慌ただしい。まだ誰にも報告していないから、明日王都に帰るまでは家族三人で過ごしてほしい。逃走の恐れもないだろうからな」


 家族三人で過ごせる最後の時だ。

 日付も変わってしまって、あまり時間はない。


「ネクターに頼みがあるんだけど、父さんと一緒に食事がしたいんだ」

「今の時間は店が閉まっているだろうし、朝起きてから店に出かけてはどうだ? 十時にホテルの前にいるなら、この部屋から出ても構わない」

「店じゃなくて、アンディの作ったシチューが食べたい」


 アンディがハッとして、手帳にペンを走らせる。破いてネクターに渡した。


「材料が書いてあります。お願いします」


 アンディは切実な瞳でネクターを見る。それを受けてネクターは眉尻を下げて笑った。


「店が開いていないと言ったのに……。騎士団に行って、食堂の食材を分けてもらえないか聞いてこよう」


 ネクターが部屋を出ていく。


「アンディは料理が得意なのか?」


 父さんの問いかけに、俺は大きく頷いた。


「すげぇ美味いよ! 父さんもびっくりすると思う」

「お父さんに食べてもらいたいと思っていたから嬉しい」

「私もこんなに楽しみな食事は久しぶりだ」

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