28 守る
「まだアンディを守ろうとした人がいたんだ。君たちの母親とおそらくエナさんもだろう。二人だけは殺され方が違った」
そうだ。母さんとエナさんを殺したのは父さんじゃない。他の人たちと、殺され方が違う。
「両親とエナさんは村人たちと対話を試みた。だが聞き入れてもらえない。村人たちは金に取り憑かれていた」
ネクターが瞼を下ろして、口元を歪める。
言うのを躊躇う素振りを見せるが、再び瞼を持ち上げて俺と視線を交わした。
「母親かエナさん。……おそらく母親だろう。話している最中に村人にナタで斬りつけられた。ヴァンパイアは一途でパートナーを大切にする。妻が殺され、自分を抑えることができなくなった父親は村人を殺した。そこからは力尽くでアンディを奪おうとしたのではないか。だから村人は全員殺され、エナさんは自分が傷つきながらもスタンとアンディを逃がそうと、君たちの部屋まで行った」
「本当にそんな理由なのか?」
母さんとエナさんは俺たちを守ろうとして殺された?
唇が震え、目が潤んだ。下唇を噛んで、涙を堪える。
「私の主観だと言った。本当は違うかもしれないが、私はあながち間違っていないと思う。スタンとアンディを育てた父親だ。自分から人を殺そうとするとは思えない。対話が無理なら、家族とエナさんを連れて逃げることを選んだと私は思う」
鼻の奥がツンと痛み、袖口で目元を拭った。
「君たちの目的は、父親に会って真実を知ることだった。私が話した通りであれば、アンディは自分の存在を責めるかもしれない。スタンにはアンディを支えてほしい。アンディは両親に愛されて生まれた。それだけだ。何も悪くない」
「当たり前だ! 俺がアンディを守る」
ネクターは口元を緩めて頷いた。
「アンディが戻ってきたら、すぐに出発する。医者とは駅で合流することになっている」
「わかった」
力強く頷いて、資料庫を出た。
自分の席に戻ると、ジュリアにジッと見つめられる。気になっているのだろう。
「俺とアンディはネクターについてキョーナに行く」
「そうか。気をつけて」
「それでさ、エミリーちゃんを気にかけてあげて欲しいんだ」
「食堂で働いている、事件に巻き込まれたあの子か?」
そうだというように頷いた。
「アンディが送り迎えをしてるけど、できなくなる。エミリーちゃんが一人で外に出られるならいいけど、まだ事件のことで不安がっていたら、ジュリアに頼みたい」
同性のジュリアなら、アンディも安心だろう。
ジュリアは表情を陰らせる。
「それは私に任せてくれ。……エミリーさんは、スタンの大事な人なのか?」
「まあ、そうだな」
ジュリアは俯いた。
俺、やっぱりジュリアに好かれてるよな。
「エミリーちゃんはアンディの彼女だから、そういう意味で大事な子ではある」
「そうか」
ジュリアは顔を上げて、パッと花が開くような笑顔を見せた。
「アンディが戻ってきたらすぐに向かうから、事情も話しといてくれると助かる」
「わかった」
ジュリアが引き受けてくれたから、エミリーちゃんのことは安心だ。
ほどなくしてアンディが荷物を抱えて戻ってきた。
「アンディ、エミリーさんに言伝があれば伝えておくぞ?」
ジュリアに聞かれ、アンディはメモ用紙にペンを走らせる。
「これを渡してください」
「必ず届ける」
ジュリアは笑顔でそれを受け取った。
「スタン、アンディ行くぞ」
ネクターに呼ばれ、俺たちは慌ててネクターを追いかける。
「エミリーちゃんのことはジュリアに頼んどいたから」
「ありがとう」
アンディは安堵の息を吐く。
「エミリーさんはまだ怖がっているのか?」
ネクターもエミリーちゃんを気にして声をかける。
「僕と一緒の時は大丈夫になってきました。でも途中で寄り道をしてドリンクを買ったりする時に『待っていてください』と言うと不安そうにするので、まだ一人で外出するのは難しいと思います」
「じゃあ一緒に買いに行ってんの?」
「うん、ずっと近くにいるよ」
ネクターは生暖かい目を向ける。
「帰り道にデートなんて微笑ましいね」
「いや、でも、あまり遅くなるといけないので、ちょっと寄り道するくらいですよ」
アンディは耳まで染めて視線を彷徨わせている。
ネクターって意外と色恋話が好きだよな。三十五歳で未婚の自分のことをどうにかすればいいのに。ネクターなら選び放題なんだから。
 




