27 主観
ネクターは目を閉じて、尖った耳をピクピクと動かす。しばらくして大きく息を吐き出した。
「今から話すことは私の主観だ」
「え? 何で俺だけ?」
「アンディにどう話せばいいか迷っている。父親に会えれば、真実を知ることになるだろう。スタンには何があってもアンディに寄り添って欲しい。だから今から話す」
ネクターの主観?
緊張で喉が渇く。唾を飲み込んで唾液を喉に送り込んだ。
「スタンとアンディの父親は、君たち家族を愛していた。ヴァンパイアはパートナーの血液を好むが、母親の負担を考えて、人工血液のタブレットを服用するほどだ。それは間違いない」
俺は大きく頷く。
ガスパーさんの話では、愛する人の血液は美味しそうないい匂いがする。
でも父さんは母さんの血液を一切飲んでいない。それは母さんが人間だからだ。人間には吸血行為は負担がかかる。
「そんな父親が村人を惨殺した。理由があるはずだ」
「ああ、俺だって父さんがなんの意味もなく村の人たちを殺すと思えない。父さんは村の人たちとも仲が良かったし」
「本当にそうか?」
ネクターが眉を顰める。
俺は予期せぬ質問にたじろぐが、懸命に幼かった頃の記憶を思い出す。
一緒に畑仕事をしたり狩りをしたり食事をしたり、全員が笑っている光景が浮かぶ。父さんはみんなと仲が良かった。
でも何かが引っかかって、それを記憶の奥底から引っ張り出そうと頭を押さえた。
母さんとエナさんだ。二人が話していたことは何だった?
『私の家族最高じゃない? 優しい夫に可愛い息子が二人もいて』
『羨ましい。私も早く結婚がしたい!』
エナさんがテーブルに突っ伏す。母さんはふっと表情をなくして天井を仰いだ。
『村の人たちも夫に対して優しくなったし。ホッとしてる』
『よそ者に当たりが強いのよ! あなたを助けたんだから、いい人に決まってる。この村では人間以外の種族がいないから偏見もあったのかしらね?』
『最初から友好的だったのはエナだけだったわね。村の人たちが夫のいいところをわかってくれて本当に良かった』
『結構長かったわよね。アンディが生まれて一年か二年経った頃だったかしら?』
ネクターに肩を叩かれて、ハッとする。現実に引き戻された。
「俺の記憶では、父さんはみんなと仲が良かった。でも、母さんとエナさんが話しているのを思い出した。アンディが生まれて一年か二年経つまでは、村の人たちは父さんに当たりが強かったって」
ネクターは「そうか」と呟いて、斜め上に視線を向ける。少しの間思案して、再び口を開いた。話したくなさそうな表情をしながら。
「スタンとアンディの父親は、村人だけではなく近くにいた闇商人も殺した。それは闇商人が『珍しいものが手に入る』と言っていたことから、村から珍しいものを買おうとしていたからだ」
俺たちの生まれた村は、どちらかといえば貧しかった。食べるのに困るほどではないが、自給自足で全員が朝から晩まで働いていた。
だから闇商人から何かを買えるような裕福な人はいない。
売るっていっても、珍しいものが俺にはわからなかった。特産品や名物なども思い浮かばない。
「ではその珍しいものとはなんだ? 父親が人を殺してまで闇商人に渡したくなかったものだ」
「知らない。父さんはそんな高価なものなんて持っていなかった」
俺は首を振る。全く見当がつかなかった。
「珍しいものというのがいけないのだな。『物』ではなく『者』だ。父親が一番大切にしていたのは家族だろう」
「……まさか、アンディ?」
信じられない気持ちで口にすれば、ネクターは頷く。
ハーフは生まれることすら稀。生まれても一歳まで生きられない人ばかり。
闇商人は人身売買もしていた。アンディが狙われていたから、父さんは闇商人を殺したのか?
「じゃあ村の人たちは? なんで父さんに殺されたんだ?」
「村人たちがアンディを売ろうとしたのではないか? 王都から離れた小さな村にハーフがいるなんて、闇商人が情報を得られると思うか? 誰かが話したんだ。アンディが一歳になる頃に村人たちは友好的になった。信用させて、アンディを連れ去るつもりだった」
村人たちが俺たち家族に優しくしてくれていたのは、全てアンディを売るためだった?
目の前が真っ暗になって、胸を締め付けられるような息苦しさを感じた。
「だから父さんは村人も殺した?」
ネクターは首を小さく振った。