26 ハーフの保護
事件解決から二十日が経った。
俺はルプスの頭にブラシを通す。
ルプスの毛も生え変わり、ブラッシングをしても、もうブラシに毛が絡まることもない。これから徐々に暑くなるんだな、と実感する。
「スタン、アンディ、来い!」
ネクターが執務室に入ると同時に、険しい表情で俺とアンディを呼ぶ。俺たちを待たずにネクターは資料庫に入った。
珍しくネクターのピリピリとした空気に、その場にいた全員が息を顰める。
「二人は何をしたんだ?」
ジュリアが片眉を跳ね上げるが、全く身に覚えがなかった。
「俺は何もしてねーよ」
「僕だって」
アンディと顔を見合わせて頷き合う。
でも何もないのに、ネクターの纏う空気が張り詰めているのはおかしい。
「ネクター隊長が待っているから、二人は行ってきなさい」
ルプスに優しく諭されて、俺とアンディは恐る恐る資料庫の扉を開いた。
中に入ると、ネクターが引き結んでいた口を開く。
「昨夜、王都から列車で半日ほどの場所にあるキョーナという街で、兎獣人と人間のハーフが保護された。三歳だ」
「三歳って珍しいんだよな?」
ハーフは生まれることが少なく、生まれても一歳にならずに亡くなることがほとんどだと聞いている。
ネクターは頷く。
「ハーフの子供はかなり衰弱していて、アンディの研究でできた薬を使う」
「助けられるといいのですが」
アリスト博士がアンディの体液を研究して、ヴァンパイアになれるという違法ドラッグを作って惨劇が起きた。
当初の目的通りの薬を使えることで、アンディは心なしか口元が緩んでいる。
「ハーフの子供を病院に連れて行った人は猟師で、山に獲物を獲りに入った。そこでハーフの子供を病院に連れて行って欲しいと託された。託した人物は『王都騎士団のネクター・オブリが助けてくれる』と私を名指ししたようだ」
「ネクターに助けられたことがある人なの?」
俺とアンディもネクターに助けられた。ネクターならなんとかしてくれると頼る気持ちはわかる。
「いや、猟師の話では、ハーフの子供を託してきたのは、銀髪赤目のヴァンパイア。私は知り合いでもなければ、助けた記憶もない。だが、二人はその容姿の人物をよく知っているだろう?」
「お父さんですか?!」
アンディが泣き出しそうな顔で叫ぶ。
「確証はないが、私はそうだと思っている。なぜキョーナの近くなのに、私を名指しする? キョーナの騎士団だって優秀だ。私の元にハーフがいることを知っているんだ。他に考えられない」
「父さんは俺たちが騎士になったの知ってんの?」
それなら何で会いにきてくれないんだ?
「君たちの父親のことは君たちの方がよくわかっているんじゃないのか? どんな人だった?」
父さんは優しくていつも笑顔で、血の繋がらない俺のこともアンディと変わらず育ててくれた。
俺と二人だけで釣りに行ったり、木の実を集めたりと温かい思い出が次々と頭に浮かぶ。
でも、父さんは村人たちを殺した。自分の目で見たのだから、それは間違いない。
知らず知らずのうちに視線は下がっていた。
「惨劇の夜以前の父親だ。どんな父親だった?」
「お父さんはいっぱい遊んでくれるし、僕とお兄ちゃんがお母さんに叱られて泣いていると、大きな手で頭を撫でてくれていました」
アンディの言葉に俺も頷く。
「そんな父親が、自分の子供がどうしているか気にならないと思うか? 私が保護したと知っているんだ。だから今回、ハーフの子供を助けるために私の名前を出した」
「なぁ、父さんはどこにいるんだ? 猟師にハーフの子供を託したってのはわかったけど」
ネクターが首を振る。
「それ以上はわからない。私は医者を連れてキョーナに向かう。スタンとアンディも来るか?」
悩むことはない。俺とアンディは「行く」と叫ぶ。
「ではアンディはスタンの分の遠征の準備もしてきてくれ。スタンには列車の手配をさせる」
「わかりました」
アンディは頭を下げると、資料庫から飛び出していった。
「じゃあ俺は駅に行ってくる」
俺も資料庫を出ようとすると、ネクターに腕を掴まれた。
驚いてネクターの顔を見ると、口元で人差し指を立てている。ポケットから列車のチケットを取り出して俺に見せた。
何で俺に列車の手配をさせるって言ったんだ?
俺は口を引き結んだ。




