25 思い出の花
家に駆け込んで「アンディ!」と呼ぶが、アンディはまだ仕事中。
自室に入ってベッドに倒れ込む。
勘違いじゃなくて、ジュリアは俺が好きなのか?
ゴロゴロベッドの上を転がって、朝からのことを思い出す。
「絶対、俺のこと好きじゃん!」
繰り返し思い返して、そう叫んだ。同時に玄関の扉が開く音が聞こえる。
「ただいま」
アンディの抑揚のない声がかすかにした。
飛び起きてベッドを降りる。部屋を出るとアンディは暗い表情で大きな息を吐いていた。
「どうした? 何かあったのか?」
新しい事件が起こったのかと思って、気持ちを引き締める。
アンディはイスに座って俯いた。
「エミリーさんが、もう送り迎えはしなくていいって」
「エミリーちゃんはもう一人で大丈夫そうなのか?」
落ち着けたのならそれはいいことだ。
アンディは首を振る。
「僕に気を遣ってるんだと思う。犯人が捕まったんだから、仕事は終わりだって。不安そうな表情で言うんだ」
「エミリーちゃんはアンディが仕事で送り迎えしてると思ってるから遠慮してるんだよな? それなら仕事じゃなきゃいいだろ。とっととエミリーちゃんに好きだって伝えて、送り迎えがしたいって言えよ」
お互い想い合ってるんだから、アンディが告白すればいいだけだ。
「でも、断られたらって思うと……」
歯切れ悪くアンディが口ごもる。
断られないし、エミリーちゃんはアンディのことが好きなんだって! と叫びたかった。
本人の了承も得ずに俺が言うことはできず、アンディの尻を引っ叩くことしかできない。
「このままだと、前みたいに食堂で会うだけだ。振られてもエミリーちゃんは今まで通り可愛らしく食事の用意をしてくれるって。変わらないなら言ったほうが得じゃね?」
アンディは少し悩む素振りを見せ、「そうだね」と頷いた。
「明日の朝迎えに行って伝えろよ。エミリーちゃんが本当に一人で平気なら全然いいんだけど、無理してるんだよな。俺もエミリーちゃんが心配だ」
「うん、でも、約束をしていないのに待たれるの、怖くないかな?」
エミリーちゃんはノリスに待ち伏せやらつけられたりやらで、途方に暮れてアンディが彼氏のフリをしていた。
「アンディとノリスは違う。エミリーちゃんはアンディなら喜ぶだろうよ」
アンディ以外だったらダメなんだ。
「わかった、明日伝えてくる!」
アンディは吹っ切れたように頷いた。拳を握って気合十分。
「お兄ちゃんはどうだったの? 今日はジュリアさんと出かけたでしょ」
「聞いて驚くなよ。ジュリアは俺のことが好きかもしれない」
アンディは無表情で頷いた。
「それで? お兄ちゃんは?」
あれ? 驚かないのか?
「ジュリアは胸はでかいし美人だとは思ってた」
「うん、そうだね」
「でもさ、なんか今日は可愛く見えた」
大きなため息と共に呟けば、アンディが目を瞬かせる。
「ダメなの?」
「ダメっていうか、今まで顔と胸ばっか見て、意識なんてしたことなかったから戸惑ってる」
「とりあえず顔と胸ばっかりを見るのをやめたら?」
今度はアンディが大げさなため息を吐いた。
次の日の朝、アンディはソワソワと落ち着かない様子だった。
「俺がついていくか?」
「絶対にやめて! 行ってくる」
覚悟を決めように、アンディは家を出ていく。
俺は少しのんびりしてから騎士団本部に向かった。
自分の席につけば、隣のジュリアが「おはよう」と声をかけてきた。
「おはよ。足は大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
ジュリアははにかんで「ありがとう」と続ける。やっぱり可愛いかもしれない。
「おはようございます!」
ご機嫌な様子でアンディが執務室に入ってきた。
俺の隣に座って、嬉しさを隠しきれないと言った様子で浮かれている。エミリーちゃんと上手くいったのだろう。
アンディに話しかけようと顔を寄せると、ネクターとルプスが神妙な表情で入ってきた。
俺は居住まいを正して、二人の言葉を待つ。
「ナージャとラフィットの目の行方がわかった」
「現在は所有者の元に、別の部隊が向かっている。直にナージャとラフィットの目を、家に帰らせることができる」
久しぶりのいい知らせに、執務室の空気が和んだ。これで本当に、事件が解決したと言える。
アンディはエミリーちゃんと帰ると、終業時間に執務室を飛び出して行った。
俺は仕事後に花屋に寄る。店内は多種多様な花で溢れかえっていて、自分では目的の花を見つけられなかった。
「すみません。カリアナナと言う名前の花はありますか」
「ございますよ」
店員が見せてくれるが、ピンク以外にも白や赤や黄色と、いろんな色があった。
母さんはピンクを育てていたから、ピンクを指して「これをください」と頼む。隣に並んでいた赤い花も気になった。
母さんとエナさんの形見のブレスレットには、ピンクと赤の小さな石が付いている。それに見えて、赤も一緒に包んでもらった。
二輪が刺せる透明な花瓶も買う。
家に帰って、ブレスレットを飾っている棚に花を添えた。
帰ってきたアンディが花を見て目を丸くする。
「これって、お母さんの好きなお花だよね?」
「やっぱりこれで合ってたか?」
アンディは花の近くで鼻をスンスンと鳴らして嗅いでから頷いた。
「うん、間違いないよ」
アンディのお墨付きをもらい、ホッと胸を撫で下ろす。
母さんとエナさんにも、見せたかった。