23 待ち合わせ
割り切れない気持ちを抱えたまま、三日間は事件の後始末に奔走していた。
「俺はルプスをブラッシングする仕事に就きたい」
今は書類に目を通しているルプスのブラッシングをしている。ごっそりと毛がブラシに絡まっていた。
「やることがないなら、これをまとめてくれ」
ルプスに関係者の供述を報告書にまとめる仕事を任された。
やることがないのではなく、気分転換をしたかっただけなのに。
自分の席に戻って、ひたすらペンを走らせる。
今日はアンディとジュリアと食堂で昼食をとる。
半分ほど食べ終わった時に、ジュリアが顔を真っ赤にして唇を引き結んだ。一度頷いて意気込むと口を開いた。
「あっ、あの、……どこか遊びに行かないか?」
事件も解決して、俺とアンディが沈んでいると思って気を遣ってくれたのか?
気分転換をしたいと思っていたから、ジュリアの提案に頷く。
「いつにする? 他に誰を誘うんだ?」
ジュリアは目を瞬かせて、眉を下げると俯いた。何か変なことを言っただろうか?
アンディがわざとらしく大きく息を吐いた。
「二人で行きなよ」
「なんで? アンディは遊びたくねーの?」
「そうじゃなくて、同時に何人も休めないでしょ。僕は僕の休みたい時に休むから」
エミリーちゃんと休みを合わせたいということだろうか。
「じゃあ二人で遊びに行くか。いつ休んでいいかネクターに相談しよう」
昼食を食べ終わり、トレーを返しに行く時にアンディがジュリアに頭を下げた。
「お兄ちゃんが鈍くて空気読めなくて本当にすみません」
「いや、わかっている。アンディが気にすることではない。気を遣ってくれてありがとう」
アンディとジュリアは小声でやり取りをしていたが、バッチリ聞こえた。
「聞こえてんだよ。俺、何かしたか?」
「女性の気持ちをわかってないからダメなんだよ」
アンディに肩をすくめられたが、エミリーちゃんの気持ちに気付かないで、いまだに好きだと言えていないアンディにだけは言われたくない。
執務室に戻り、ネクターに休んでいい日を聞く。
「自分から休みたいと言うなんて珍しいな」
ネクターは書類にサインをしていたが、手を休めてこちらに目を向ける。
「ジュリアと出かける。一緒に休んでいい日ってある?」
ネクターは目を瞬かせ、ジュリアに視線を送る。ジュリアは恥ずかしそうに小さく会釈をした。
ネクターは満面の笑みを見せて、天気予報を見出した。
「明日と明後日は天気がいいな。その後は崩れるみたいだ。明日だと急だし、準備もしたいだろうから明後日はどうだ?」
部下が遊びに行くのに、天気まで気にしてくれるの?
「ジュリア、明後日は大丈夫か?」
「ああ」
ジュリアが頷いたから、その日に決めた。
「スタンとジュリアのことはずっと見守っていたから感慨深いな。楽しんでおいで」
ネクターはしみじみと頷く。
「ああ、もちろん」
そう返事はしたけど、遊びに行くだけで大袈裟じゃないだろうか。
ジュリアと出かける日は、いつもと同じ時間に目が覚めた。仕事じゃないからもう少し寝ていられるが、アンディと一緒に朝食を食べることにする。
着替えて部屋を出ると、アンディが「おはよう」と挨拶をして眉間に皺を刻んだ。
「おはよ、どうした?」
「どうしたって、その服で行くの?」
「おかしいか?」
アンディに服をダメ出しされたのは初めてだ。
「僕と出かけるわけじゃないんだよ。そんなヨレヨレの格好で行っちゃダメだよ」
ジュリアと出かけるだけなんだから、気合い入れた服なんて着ていったら引かれるだろ。
アンディが朝食を並べて、食べ始める。アンディの作った朝食に舌鼓を打った。
「絶対に着替えて行きなよ」
アンディは食べ終わると、もう一度念を押す。
「わかったわかった。着替えるから。片付けは俺がやっとくから、仕事頑張ってこいよ」
アンディを見送って食器を片付け、リビングと自分の部屋を掃除した。
まだ袖を通していない麻のシャツに着替えて家を出る。
待ち合わせをしている、花時計の前でジュリアが先に待っていた。
「待たせて悪い」
「いや、私が早く着いたんだ。スタンは時間ぴったりだ」
ジュリアは普段束ねている髪を下ろし、膝が隠れる丈のワンピースを着ている。少し踵の高くなった靴も似合っていた。
やっぱり美人だな、と思うが、格好に似合わない、大きな鞄を肩にかけているのが気になる。
「荷物多くないか?」
「いや、そんなことはないぞ」
ジュリアの肩にかかる持ち手を掴んで引き上げると、かなり重かった。
「何が入ってんの?」
ジュリアは頬を染めて小さく「お弁当」と呟いた。
「こんなに重いってことは、俺の分もあるの?」
「ああ、迷惑でなければ一緒に食べてほしい」
俺はジュリアから鞄を受け取る。
「迷惑なわけないじゃん。作ってくれてありがとう。朝から大変だったんじゃねーの?」
「そんなことないぞ」
強がって見せるけど、ジュリアの指には小さな切り傷があった。頑張ってくれたのだと思う。
いつも俺に当たりの強いジュリアだが、今日はいつもと様子が違って調子が狂う。
「どこに行くんだ?」
「植物園に行こうと思って。珍しい花があるらしい! あっ、スタンは男性だし、花には興味ないか?」
「そんなことないよ。昔住んでた家の庭は、花でいっぱいだったし」
母さんがたくさん花を育てていた。
母さんを喜ばせたくて、雑草を父さんとアンディと抜いた。雑草と間違えて、花が咲いていないものも抜いてしまって、あとから四人で植え直した。
楽しかった記憶が蘇る。
庭にあった花は植物園で見られるだろうか。花の名前なんてわからないけど、見たら思い出せるだろう。