22 犯行の理由
いつもの時間に起きて、アンディの作った朝食をのんびり食べる。
「お兄ちゃん、早く食べてよ。時間がないよ」
「今日からはアンディが一人でエミリーちゃんを送り迎えしろよ。片付けは俺がやっておくから」
もう犯人は捕まった。エミリーちゃんが狙われる心配もない。
とっととくっついてほしい。
アンディは恥ずかしそうに顔を赤らめて、視線を彷徨わせている。
「早く行け。エミリーちゃんを待たせるなよ」
「あっ、そうだね。いってきます」
時計を確認して、アンディは慌てて部屋を出て行った。
世話が焼けるな、と息を吐く。
食器を洗い、隊服に着替えた。
アンディとエミリーちゃんは近いうちにくっつくだろう。いいなー、俺も可愛い子と付き合いたい。
家を出て、のんびり歩きながら騎士団本部に向かう。
執務室の扉を開くと、緊迫した雰囲気が漂っていた。
静かに入って席に着く。
ネクターとルプスが部屋の隅で話しているが、二人ともピリピリとした空気を纏っている。
「どうしたんだ?」
隣のジュリアに身体を寄せて耳打ちすると、ジュリアは勢いよく背を反らした。顔は赤いし、口が震えている。こいつもどうした?
「おはようございます」
アンディが扉を開いて挨拶をすると、みんなが「おはよう」と返して少しだけ空気が和んだ。
アンディは俺の隣に座ると「どうしたの?」とネクターとルプスに目を向けたまま小声で訊ねる。
俺はわからないと込めて首を捻った。
全員が揃うと、重い空気のままネクターとルプスが前に出た。
「黒髪黒目のヴァンパイアだが、薬が切れると黒髪黒目の二十代の女性になった。名前はないようだ」
名前がないってどういうことだ?
言わないのではなくて?
「彼女は物心ついた頃から奴隷として生きてきた」
奴隷? 奴隷なんて俺が生まれるずっと前に禁止されているはずだ。
「彼女は最近まで別の街で奴隷をしていた。主人が亡くなったことで売りに出され、今の主人はアリスト博士だ」
心が急速に冷えていく。隣のアンディを伺い見れば、下唇を噛んで机の上で握られた拳が震えていた。
「アリスト博士はヴァンパイアになる薬を作ったはいいが、試すことができなかった。だから奴隷を買って飲ませた。結果ヴァンパイア化に成功」
自分の身体で実験できないから、何も知らない女性に薬を飲すなんて常軌を逸している。
胸の奥が不快感で澱んでいくようだ。
「彼女が金髪で緑色の瞳の人を襲っていたのは、羨ましかったからだそうだ。自分の容姿に自信のなかった彼女は、金髪緑目に憧れた。それと彼女もアリスト博士同様、薬が切れる二時間ほど前から暴れ始めた。彼女は破壊衝動に駆られて、事件を起こした」
「薬が切れると自分のしたことに苦悩したようだ。だが持ち帰った眼球をアリスト博士は商人に売った。それで彼女は自分を守るためにこう思うことにした。『これは主人のためだ』と」
背筋を冷たい風が通り抜けたように寒気に襲われた。
人間も身体の一部も売りに出されて、それを買うことも俺には理解できなかった。
「商人が男に薬を売ったと言ったのは、眼球の売買を知られたくなかったことによる、咄嗟についた嘘らしい」
ネクターは大きな息をついて「ややこしいことをしてくれた」とごちる。
本当だよ。その時に真相を言ってくれれば、エミリーちゃんが怖い思いをすることもなかったのに。
……あれ? エミリーちゃんが狙われた時、アリスト博士はすでに捕まっていた。
女性は自分で薬を飲んでヴァンパイアになったことになる。
「昨日、女性は自ら薬を飲んでヴァンパイア化した。アリスト博士が捕まって帰ってこなくなり、捨てられてのだと思ったらしい。彼女は眼球を持ち帰れば、また戻ってくると思った。昨日は破壊衝動ではなく、自分の意思でエミリーさんを狙った」
「なんで? 捨てられたなら自由じゃん。逃げればいいのに」
気付いたら机に手をついて立ち上がって叫んでいた。
ルプスに「落ち着け」と嗜められる。
ネクターとルプスの話を遮ってしまい、「すみません」と謝罪して座った。
「スタンの言葉は最もだ。だが彼女はずっと奴隷として生きてきた。それ以外の生き方を知らない。主人の命令なしでは、何もできないんだ。今までずっと主人に依存をしていた。だからアリスト博士に戻ってきて欲しかった」
事件が解決したと言われても、何も納得できない。
あとは商人が売ったナージャとラフィットの眼球の行方を探し、二人の身体の一部を家に帰らせるだけ。
これは商人を締め上げて吐かせている最中らしい。
早く見つかればいいと思う。大事な人の身体の一部が、全く知らない人の元にあるなんて気味が悪い。
報告会が終わり、俺とアンディはネクターに呼ばれて資料庫に入る。
父さんの手がかりが見つかったのだろうか。
「黒髪黒目の女性を以前の主人に奴隷として売ったのは、君たちの父親が殺した闇商人だ。その主人が亡くなって、今回の商人が買い、アリスト博士に売った」
「奴隷はずっと昔に禁止されているのに何で?」
「売買を禁止されているものを取引するから闇商人なんだ。奴らは人だって目だって売買する。需要があるからだ」
俺もアンディも口を開くことができない。
ネクターはアンディの肩をポンと叩く。
「エミリーさんはどうだ?」
「外を歩いているときはビクビクしていました。騎士団本部に着いたらホッとした顔が見られました」
「そうか。アンディはエミリーさんを気にかけてあげなさい」
「はい、わかりました」
「ナージャとラフィットの眼球は、別の部隊が捜索している。じきに全て解決する」
「うん、でも全然スッキリしない」
「スッキリする事件なんてほとんどないよ。なにか胸に棘のようなものは残る。こんな事件もそうそうないけどね」
苦笑するネクターに頷く。
本当にそんな感じだ。見えない棘が胸に深く突き刺さって、どう抜いたらいいのかわからない。
「解決してスッキリするようにはなるな。何も感じない騎士にはなるな。人に寄り添える騎士になれ」
ネクターは資料庫を出ていった。俺とアンディはネクターの言葉を胸に刻む。