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21 犯人を捕える

 その後二日間、なんの進展もなく過ぎた。

 三日後にエミリーちゃんを家まで迎えに行き、騎士団本部に向かっていると、人が逃げ惑っている場面に遭遇する。


「アンディ、エミリーちゃんから離れるな」

「わかった」


 視界の先には黒髪黒目のヴァンパイアがいた。太陽の下なのに、肌を隠すこともしていない。違法ドラッグでヴァンパイア化したんだ。


 通信機で状況を伝えると、すぐに応援に来てくれると言ってくれた。

 アリスト博士に手も足も出なかった俺とアンディで、応援が来るまで食い止めなければならない。


 ……いや、エミリーちゃんがいる。犯人の目的はエミリーちゃんだろう。アンディにエミリーちゃんを逃がさせて、俺が一人で食い止めなければ。


 緊張で汗が滲む。

 俺にできるのか。恐怖で手が震え、舌打ちをする。

 弱気になるな。できるのかではなく、やるんだ!


「アンディ、エミリーちゃんを連れて離れろ」

「お兄ちゃんは?」

「俺よりエミリーちゃんを優先しろ。すぐに騎士が来るから、それまで俺があいつを止める」


 アンディは納得はしていないようだが、渋々頷いた。


「エミリーさん、逃げましょう」


 エミリーちゃんは恐怖で足がすくんでいるようだ。「すみません」と断りを入れて、アンディが横抱きにした。


「アンディ、頼んだ」


 ヴァンパイアが飛ぶように駆けてくる。

 アンディに迫る爪を、なんとか剣で受け止めた。手がビリビリと痛む。アリスト博士より、力が強いかもしれない。


 俺は爪を弾くことしかできない。攻撃できずに、防戦一方。

 鋭利な爪が刺さる直前でなんとかかわす。追撃を剣で止めた。

 一瞬でも気の抜けない相手だ。もうすでに息は上がっている。


「後ろに飛べ!」


 ルプスの叫び声に、俺はすぐに従った。

 頭上から降ってきたルプスが、犯人に剣を突き刺そうとするが、犯人も後ろに飛んだ。そこを狙って、背後からジュリアが犯人の腹部を貫いた。


 犯人の悲鳴が響き渡る。ルプスは隙を見逃さず、犯人の腕を掴んで背中に回り、地面に犯人を押し付ける。


 大きなルプスが背中に乗り、犯人は手足をばたつかせてもがく。爪が石畳を引っ掻く嫌な音が響いた。


「拘束衣を着せろ」


 ルプスの叫び声で、騎士たちが集まってきた。すぐにベルトも巻いて連行される。

 俺はそこでやっと息をつけた。


「一人で戦うなと言われていただろう! アンディはどうした。なぜ応援を待たない」


 剣のある目を向けるジュリアが叫ぶ。徐々に目元は潤んでいき、奥歯を噛み締めている。


「エミリーちゃんを逃がすことしか考えていなかった」


 犯人が連行されたことで、アンディとエミリーちゃんがこちらに駆け寄ってくる。金髪で緑の瞳をしたエミリーちゃんを見て、俺が一人で食い止めた理由が伝わった。


「よくやったな。スタンが無事でよかった」


 ルプスに思いっきり撫でられた。弾力のある肉球が安心感を与えてくれる。


「ジュリアもそんな険しい顔をするな。スタンを心配していたんだろう」


 ルプスに嗜められて、ジュリアは顔を真っ赤にして視線を彷徨わせた。


「心配かけて悪かった」

「いや、心配くらいさせろ。……仲間だろう」


 尻すぼみになっていくジュリアの言葉は聞き取りにくかったが、耳を傾けていたから届いた。


「エミリーさんは今日は帰りますか?」


 アンディがエミリーちゃんの顔を覗き込みながら、優しく声をかける。


「アンディ、送ってあげなさい。食堂には俺から事情を伝えておく。アンディは彼女が落ち着くまで一緒にいてもいいからな」

「はい、わかりました」


 ルプスもアンディとエミリーちゃんが付き合ってるって勘違いしているのか?

 アンディはエミリーちゃんの背中を支えながら、来た道を戻った。

 俺とルプスとジュリアは、騎士団本部に向かう。


「すごかったな。まさかルプスを囮に使うとは思わなかった」

「いや、俺は倒すつもりで攻撃した。相手が強かったから、俺の攻撃をかわしたんだ。だが派手な攻撃に気を取られて、ジュリアに気付かなかった。ジュリアの剣は正確だからな。安心して任せられた」


 ジュリアは力があるわけではないが、基本に忠実で、お手本のように綺麗な剣技を繰り出す。何度も反復練習をしていた証だ。

 胸の大きな美人なのに、手のひらはゴツゴツとして皮が硬くなっている、剣士の手だ。


「これで安心なのか?」

「まだ協力者が捕まっていない。それにいつもは深夜だったのに、なぜ朝から襲ってきた?」

「深夜だと人がいないからじゃないの?」

「犯人が話すといいのですが」


 執務室に入り、犯人の事情聴取がひと段落するのを待つことになる。それなのに、すぐに連絡があった。「犯人は会話ができる状態ではない」と。


 アリスト博士のときは十八時間後に薬が切れた。薬が切れてから、話を聞くことになる。その時は話せるといいのだけれど。





 お昼を過ぎる頃、アンディが執務室に入ってきた。


「エミリーちゃんは?」

「大丈夫だから仕事に行ってくださいって言われた。だいぶ落ち着いたと思うよ。今はお母さんが一緒にいる」

「そうか。犯人は捕まったけど、しばらくは送り迎えを続けたほうがいいかもな。一人で外に出るのは怖いだろ」

「僕もそう思う」


 犯人が薬を何時に服用したかわからないから、ひたすら待つことしかできない。


 頭の中を整理するように、わかっていることを書き出していく。

 アリスト博士がヴァンパイアになりたくて薬を作った。

 金のために商人がアリスト博士から薬を受け取って売った。

 ノリスが所持していたことで、薬を服用した人が犯人だとわかる。


 わかっていないことも書き出してみる。

 犯人の協力者。薬を買って犯人に渡した目的は?

 金髪で緑色の瞳の人を狙い、眼球を持ち帰る理由は?

 犯人の薬が切れたら全部わかるのだろうか。


 ペンを置いて天井を仰いだ。

 今回の事件とは関係ないと思うが、十年前に俺たちの故郷で闇商人が手に入れようとしていた『珍しいもの』も気になる。


 日が暮れるまで待ったけれど、薬は切れなかった。

 俺たちと出会う直前に飲んでいたら、薬が切れるのは日付が変わってからだ。


 終業時間に帰らされる。今日はいつも遅くまで働いているネクターやルプスも同じ時間に執務室を出た。

 帰宅すると食事と風呂を済ませ、明日に備えて早めに眠る。


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