20 珍しいもの
露天商たちから連絡があり、二日後に商人は捕えられた。
何をしたかはわかっていないようだが、ルールを守って商売している露天商たちから、騎士団に捜索されていた商人は信用を失った。露天商たちは横のつながりが太いようで、全員が協力的だった。
ルプスが商人の証言を読み上げる。
「金銭目的でアリスト博士に持ちかけられて売ったようだ。売った人数は三人。一人はすでに捕えているノリス。もう一人は酔った時にネタで買った青年。この人はシラフになって怪しい薬が怖くなって、使用していない。夜の外出を禁止されていることがヴァンパイアのせいという噂が出ているようだ。それを知って、自分から薬を持ってきた。ヴァンパイアになれると言われている薬を所持していれば、自分が疑われると思って」
三人のうち二人は男だ。それならもう一人が犯人ということになる。
「違法ドラッグを買ったのは黒髪黒目の女性ではないらしい。協力者がいて、そいつが薬を買って渡したようだ。容姿は覚えていないようだが、買ったのは男性だ。女性に売っていないと商人は言っていた」
ルプスの続いた言葉に目を見張る。ここで協力者が出てくんの? ややこしくて頭を掻きむしった。
「猟奇殺人の犯人は黒髪黒目の女性。年齢は不明。違法ドラッグはヴァンパイアになるだけでなく、若返ることもわかった。もしそういう女性を見かけたら連絡して欲しい。ルプスやアンディに会わせれば匂いでわかる」
ネクターの言葉にアンディは気合を入れるように拳を握る。
解散をして執務室を出ようとしたら、俺とアンディはルプスに呼び止められた。
ネクターに資料庫に連れて行かれる。
「今回の商人だが、よくよく調べると、珍しいものを多く売っていた」
「珍しいもの?」
「ああ、ほとんどが売買を禁じられている違法なものだ。君たちの父親が殺した闇商人と同じ」
俺とアンディだけが呼ばれた理由がわかった。父さんについて、何か手掛かりがあったのか。
「闇商人は商売敵にならないよう、ルールがあり、闇商人同士情報を交換するパイプみたいなものがあったようだ」
俺とアンディは固唾を飲んでネクターの言葉を待つ。
「今回捕えた商人は、君たちの父親に殺された闇商人のことを知っていた。殺される数日前に『北で珍しいものが手に入る』と仲間内で自慢していたらしい。それが何かまで教えてもらえなかったようだが」
俺たちの故郷はこの国の北にあった。
闇商人は何を手に入れようとしていたんだ? そんな勿体ぶるようなもの、故郷やその周辺にあったとは思えない。
「その『珍しいもの』であの事件が起きたのではないか?」
俺とアンディは顔を見合わせる。そうとしか思えないが、その『珍しいもの』が思い浮かばない。
ネクターは俺たちをじっと見ている。それに気付いて視線を送ると逸らされた。
「また何かわかったら知らせる。何があってもお互いを守れ!」
ネクターの真剣な目に気圧されながらも頷いた。
当たり前だ。何があっても俺はアンディを守るし、アンディだって俺を守る。アリスト博士からだって、俺を助けてくれたんだから。
書類庫から出て、俺とアンディはルプスに外で黒髪黒目の女性を探すように指示された。
人の集まるところに行こうとアンディと話し合った。
マーケット前の大通りを行き交う人を眺める。黒髪黒目の人は見つけることはできなかった。
昼の三時になると戻ってくるように通信機から連絡があり、騎士団本部に帰る。
執務室に入り、自分の席に座った。全員が集まると、今日の報告を聞く。
「違法ドラックだが、約十八時間後に効力を失い、アリスト博士は人間に戻った。薬の切れる二時間前に暴れ出し、自我が保てなくなった。拘束衣を重ねて、数人の騎士で押さえ込んだらしい。この薬を作った理由は、自分がヴァンパイアになりたかったそうだ」
憧れとか変身願望とかがあったのだろうか。
「違法ドラッグを飲めば、五十代の小柄な研究者でも、強力な力を得た。黒髪黒目の女性を見かけても、一人でなんとかしようとするな。通信機で情報を共有してほしい。近くにいる者を向かわせるから」
全員の報告を聞く限り、黒髪黒目の女性を見つけることはできなかった。
どうして見つからないのだろう。街中で聞き込みをしているのに、知っている人に全く出会わない。
隠れている? 協力者が隠している? 協力者はなぜ違法ドラッグを買って渡したのだろう。猟奇殺人の犯人とわかっているのか? わかっていて放置している?
思考を巡らせている間に、報告会は終わっていた。
アンディと一緒にエミリーちゃんを家まで送り届け、寮に帰った。