2 死因
声も涙も出し尽くし、俺もアンディも母さんにしがみつく。母さんの体は冷たい。
アンディが顔を上げる。
「馬?」
アンディは尖った耳をピクピクと動かし、音を探っている。
しばらくすると、俺の耳にも複数の馬が駆けてくる蹄の音が聞こえた。
村の中まで入ってきて、惨状を目の当たりにすると「生存者の確認をしろ」と透き通った男性の声が聞こえた。「はい」と複数の男性の声が揃う。
「ネクター隊長、子供が二人います」
低い声が言うと、こちらに馬が近付いてくる。
青い髪と瞳のエルフと、灰色の毛並みをした狼獣人だった。白を基調に、金の刺繍が施された騎士団の隊服を身に纏っている。
二人は馬から降りて、俺たちと目線を合わせるように膝を付いた。
「何があったか話せるか?」
俺にだってわからないことだらけだ。
「母さんが死んだ」
俺が自失で呟くと「生存者がいました」と声を顰めながら駆けてくる人間がいた。
抱えられていたのは三歳の女の子。よく眠っている。
「この光景を見せぬよう、絶対に起こすな」
エルフが言えば、人間は大きく頷いた。
その後も家の中で眠っていた十五歳以下の子供が全員保護される。
「私はネクター・オブリ。騎士団の隊長をしている」
エルフが名乗る。二十代半ばくらいに見えた。その若さで騎士団の隊長を務めるくらいだ。優秀なのだろう。
「これは人間がやったものではないな。君がやったのか?」
ネクターは剣のある目でアンディを見た。
アンディは身体を震わせながら俯いて首を振った。
「本当に?」
アンディを追い詰めるように、声が低くなる。俺はアンディを庇うように背に隠した。
「違う! アンディは何もしていない。俺とずっと一緒にいたんだ」
起こされる前のことなんてわからないけれど、夜中に一人でトイレにも行けないようなアンディが、外になんて出るわけがない。
それに俺たちは、父さんが村人を殺すところも見た。絶対にアンディは何もしていない。
「ルプス、お前はどう思う?」
ネクターは狼獣人をルプスと呼んで訊ねた。
「その子供からは、倒れている女性の血の臭いしかしません。犯人は別でしょう」
ルプスの言葉に俺はホッと息を吐く。
「疑って悪かった。君たちの名前を聞かせてくれないか?」
「俺はスタン・ミナージュ。こっちは弟のアンディ」
「スタンは人間に見えるが?」
「俺は人間だ。アンディとは父親が違う」
「父親は今どこに?」
俺は首を振る。
「隠すな」
「隠してない。本当にわからない。父さんは優しいんだ。なんで母さんや村の人を殺したのか、今どこにいるのか、なんにもわからないんだ」
泣くのを我慢しながら、必死に伝える。
俺だって父さんがどこにいるのか知りたい。
「スタンは父親が母親を殺したところを見たのか?」
「見てない。でも、俺たちの部屋の窓から、村の人を殺すところを見た」
家の窓を指す。
「詳しくはきちんと調べなければわからないが、他の村人と君たちの母親の凶器は違う。母親は鋭利な刃物でやられている。村人は傷が歪だ。私は素手での犯行だと思っている」
確かに父さんは村人を素手で殺した。
「じゃあ母さんは誰に殺されたんだ?」
「それはわからない。日が登ったらきちんと調べる。今日はゆっくり休みなさい」
俺とアンディは馬に乗せられて、村の外に張られたテントに連れて行かれた。
横になると目を開けていられないほどの眠気に襲われる。アンディと身体を寄せ合って眠った。
次の日のお昼を過ぎた頃、ネクターに起こされた。
「残念だけど、生存している大人はいなかった。今、埋葬しているところだ」
「保護されたみんなは?」
子供は全員生きていた。どうなったのか知りたい。
「ここから一番近い街にある孤児院に受け入れてもらえることになった。すでに向かっている」
「なんで俺たちは連れて行かれないんだ?」
「君たちの父親が犯人だ。一緒に暮らすことは難しいだろう」
そうか。自分の親を殺した犯人の子供とは、一緒になんていたくないよな。俺たちより大きな子供だっているんだ。父さんが殺すところを、見ていた子もいるかもしれない。
「君たちの部屋にいた女性はだれだ?」
「エナさん? 隣に住んでいる、母さんの友達」
「エナさんは包丁、母親はナタが凶器だ。村に落ちていた。他の村人は素手だろう」
母さんだけじゃなく、エナさんも? 二人は誰に殺されたんだ?
「スタンとアンディが兄弟なら、アンディはハーフということでいいのか?」
「はい。僕は人間とヴァンパイアのハーフです」
アンディは身体を小さくして答えた。
「こんなに大きなハーフは珍しい」
「大きい? アンディは六歳だし、身体だって、同じ歳の子より小さかったぞ」
ネクターは顎に手を添えてアンディを観察するように見つめる。アンディは居心地が悪いのか、身を捩った。
「別種族との婚姻は少なくないが、ハーフは生まれること自体少ないんだ。生まれても、そのほとんどが短命」
「え? どうしたらアンディは長生きできるんだ?」
俺にはもうアンディしかいない。アンディがいなくなるなんて、耐えられない。
「最後まで聞け。ハーフは免疫機能が弱いんだ。だから一歳まで生きられることは稀。ハーフで六歳になるなんて奇跡だ。アンディは体は丈夫か?」
「はい。病気にはあまりかかったことがありません」
「ここまで大きければ、心配はいらない」
それを聞けて、俺とアンディはホッと息を吐く。
「ネクター隊長」
ルプスがテントに入ってきた。大きなルプスがいると、途端に狭く感じる。
「アンディに聞くが、君の身体を調べさせてくれないか? ハーフの子供を生かすための研究に協力してほしい」
俺はアンディを背に庇う。
「ダメだ。アンディは傷付けさせない」
「いや、少し体液をもらうだけだ。痛みも注射くらい。他には何もしない、信じてほしい」
ネクターは騎士だ。市民を傷つけるわけないか、と息を吐く。
「僕はいいです。それでハーフが生きられる可能性があるなら」
ネクターはアンディの言葉に顔を輝かせる。
「よかった! それで君たちはどうしたい? 協力してくれるのだから、衣食住に困らない養父母を見つけようか?」
「それとも鍛えて騎士団に入り、父親を探すか?」
「そんなことできるの?」
身を乗り出してルプスを掴むと「落ち着け」と諭された。俺は正座をして背を伸ばす。アンディも俺の真似をした。
「お前たちの努力次第だ」
「俺は騎士団に入る!」
「僕も!」
奥歯を噛み締めてネクターとルプスを見つめる。ルプスの大きな手が俺たちの頭をあやすように撫でた。
「いい目だ。俺が鍛えてやる」
「ルプスは甘くないぞ」
俺とアンディは声を揃えて「はい」と返事をした。
「騎士団には、いろんな情報が集まってくる。父親のことも、なにかわかるかもしれない」
ネクターは立ち上がり、テントを出ていく。
「埋葬が終わり次第王都に向かう。みっちり鍛えてやるから覚悟しておけよ」
「「お願いします」」
俺とアンディはルプスに頭を下げた。