16 ネクターVSアリスト博士
「スタン、アンディ、奴を捕えるぞ」
「ああ!」
俺は剣を引き抜く。
アンディは剣の柄を握るが、手が震えていた。剣を抜こうとしない。
「すまない。無理にでもアンディがここに来るのを止めなければいけなかった。下がっていなさい」
ネクターは最初に俺たちがついてくることを拒否した。こうなるとわかっていたから?
「ヴァンパイアになって、これからどうする? 私たちから逃れられるとでも?」
「三人とも葬ればいい。私はまだ研究を続ける!」
アリスト博士が床を蹴り、ものすごい速さで距離を詰めた。
長い爪を振りかぶる。先端が照明に照らされて光った。
ネクターがアンディを突き飛ばし、俺は後ろに飛んでなんとかかわす。
爪をネクターが剣で受け止めた。金属がぶつかるような音が響く。剣でも斬ることができないほどに強固な爪だ。人間の身体なんて簡単に引き裂ける、と突きつけられたようだ。
もう一方の腕が振りかぶられる。ネクターが裂かれる前に身体を滑り込ませ、なんとか剣で受け止めた。
「アンディは端に寄ってろ!」
床に尻餅をついたまま固まっているアンディに叫ぶ。
「スタンはそっちの腕だけに集中しろ。私が斬る」
ネクターと同時に剣を押すが、すぐに爪が迫る。
腕だけに集中しろと言われだが、受け止めるのが精一杯。隣のネクターは敏捷に動いている。爪と剣が激しくぶつかっているのを視界の端で捉えるが、俺は防戦一方で手を出すことができない。
爪を何度も受け止めて、衝撃に耐える。剣を握る手が痺れてきた。
俺に疲れが見えるのを悟ったのか、アリスト博士は片方の口角を上げる。
強い力で押されて、俺はバランスを崩した。それを見逃すはずなんてなく、目の前に鋭利な爪が迫る。
受け止めようと体勢を立て直すが間に合わない。
爪が俺に刺さる直前に、俺の横からアリスト博士の腕に剣が突き刺さった。
「アンディ……」
奥歯を噛み締めて、涙を流しながらアンディが握る剣を深く突き刺し、腕に貫通させた。
アリスト博士は悲鳴を上げ、後ろに飛んで距離を取る。
「アンディ、助かった」
「ごめんなさい、僕も戦う! ……でも剣を持っていかれちゃった」
ネクターが俺たちの前に立った。
「片腕を使えなくしてくれて助かった。後は私に任せろ」
アリスト博士は負傷した腕を力なく垂らす。
ネクターが音もなく駆けた。
剣を薙ぎ払い、対峙するアリスト博士が爪で受け止めた。耳をつんざくような金属音が静寂を裂く。
激しく打ち合い、研究所内がどんどん荒れていった。ときおり飛んでくる金属片やガラス片を剣で防ぐ。
俺とアンディは見ていることしかできない。
俺たちは強くなったと思っていた。でもネクターの足元にも及ばない。
今戦闘に加われば、加勢ではなく邪魔になってしまう。
「どうしました?」
騒ぎを聞きつけたのか、守衛が室内に足を踏み入れる。惨状に目と口を開いて固まった。
すぐに入り口へ駆け、俺とアンディが守衛の前に立った。飛んでくるものを剣で撃ち落とす。剣を持たないアンディは、鞘で受け止めていた。
「スタン、アンディ、そちらは任せる」
俺たちが防ぐと信じ、ネクターの剣はより攻撃的になった。研究所内を壊しながら、アリスト博士を追い込んでいく。
俺たちは俺たちのできることをする。ネクターが何も気にせず剣を振れるように。
守衛は腰が抜けたのか、尻餅をついて全身をガクガクと振るわせていた。
「僕たちが守ります。落ち着いてください。ゆっくり部屋を出てください」
守衛はアンディの言葉に何度も小さく頷いて、這うように部屋を出ていった。
「アンディも部屋を出て、ルプスに連絡しろ。さっきの守衛も救護室かなんかに連れて行け」
ネクターは任せると言った。指示を待つだけではダメだ。
ネクターが押している。ネクターが倒した後に、拘束するために人数が必要だ。
アンディはネクターを一瞥して頷いた。すぐに部屋を出ていく。
暴れるネクターの破壊力は凄まじく、俺は自分が怪我をしないように剣を振った。俺が怪我をすれば、ネクターが気に病む。
アリスト博士がバランスを崩し、ネクターは追撃の手を緩めない。好機とばかりに鋭い突きを放ち、アリスト博士の肩を貫通して後ろの壁に剣を突き刺した。
標本のように身動きが取れなくなったアリスト博士は、悲鳴じみた叫び声を上げる。暴れれば暴れるほど突き刺さった剣が肉を抉り、そこから流れた血液で白衣を真っ赤に染めた。
ネクターは肩で息をして、乱れた髪を掻き上げた。
コツコツと靴を鳴らしてこちらに足を進める。
「アンディは?」
「守衛を安全なところに送らせて、ルプスに連絡してる」
ネクターは険しかった目をやっと和ませた。
大勢が階段を駆け上る音が響き、すぐに別の隊の騎士たちがなだれ込んできた。
手際よく拘束衣を着せ、頑丈なバンドを何重にも巻く。
口にも布を噛ませ、舌を噛みきれないようにバンドで固定した。
アリスト博士は騎士たちに担がれて、連行される。
「アンディは? 俺、アンディを探してきてもいいか?」
ネクターが頷くが、アンディはルプスと戻ってきた。意気消沈しているアンディの背をルプスが支えている。
「アンディ、大丈夫か?」
アンディは口を震わせて、大粒の涙を流した。今まで我慢していたのだろう。拭っても拭っても止まらない。
「僕は、人を傷つけるために研究の協力をしてたんじゃない!」
悲痛な叫びに胸が抉られるようだった。
信じていた人に裏切られ、人を救うのと真逆の薬を造られた。
俺はアンディを安心させるように頷く。
「アンディは悪くない」
「僕が悪くなくても、材料にされたのは事実なんだ」
アンディをキツく抱きしめる。どんな言葉をかければいいかわからなかった。
「アンディの協力のおかげで、ハーフの免疫機能を高める薬もできた」
ネクターの言葉に、アンディは顔を上げた。
「ハーフは生まれること自体が珍しい。まだ一人だが、獣人とエルフのハーフを救えた。アンディの協力があったから救えたんだ」
ネクターは穏やかに微笑む。アンディは微かに頷いた。