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15 制作者

 騎士団の研究所は別の敷地にある。暗くなった外は静寂に包まれていた。外出を禁止されているから、誰一人見当たらない。

 普段なら、夕食を食べたり酒を飲んだりと、明るい喧騒で溢れているのに。


 研究所の前に着くと、すでに門は閉ざされていた。守衛に開けてもらい、真っ白な建物に入る。


 受付でアリスト博士の名前を出すと、まだいるというから彼の研究室に向かった。

 アンディは勝手知ったとるいう足取りで階段を登り、二階の一番手前の部屋をノックした。


 中から『はい』と返事があり、扉を開いた。

 室内は研究のためだろうか。色んな薬品が並べられており、鼻を突く薬品臭が漂っている。


 部屋の奥に白衣を着た五十代くらいの、小柄な男性がいた。灰色の髪と茶色の瞳をした優しそうな人だ。


「アリスト博士こんばんは」

「ああ、アンディ。こんな時間にどうしたんだい?」


 アリスト博士は穏やかな声で目を細めて笑った。

 ネクターが会釈して、ポケットから薬の入った袋を出す。


 執務室で見た時より薬が少ない気がした。アンディも不思議そうに首を傾けていたから、同じことを思っているのかもしれない。


「この薬の成分を調べてください」

「これは?」


 ネクターが博士に渡す。アリスト博士は両手を白衣のポケットに入れていたが、片方だけ出して受け取った。


「ヴァンパイアになれる薬のようです。そんな種族を変えるなんてできるわけありませんよね。所持していた者の妄言でしょうが、これが何かは知りたいです」


 ネクターが鼻で笑う。

 ネクターは普段から物腰が柔らかい。こんな態度を取るなんて信じられなかった。

 俺とアンディが呆気に取られていると、なおも続ける。


「こんな物を作ってるやつもどうしようもない。暇なの? って思いませんか?」


 博士の笑顔が凍りつく。ネクターの振る舞いに腹を立てたか?

 研究所に入ってからのネクターは、どう考えてもおかしい。


「あの、どうされたんですか?」


 おずおずとアンディが聞くが、ネクターは口角を上げて綺麗に微笑むだけ。


「なぜそう思うのですか?」


 アリスト博士が頬を引き攣らせて口を開く。口元だけはかろうじて笑っていた。


「しょうもないんですよね。ヴァンパイアになれる薬なんて」


 ネクターは蔑視するような態度や発言を繰り返している。


「そんなわけない! これは崇高な薬だ!」


 アリスト博士が激昂したように叫んだ。肩で息をしながらネクターを睨んでいる。


「アリスト博士?」


 アンディが不安げに呼びかけるが、アリスト博士の瞳はネクターしか映していない。

 崇高? アリスト博士はどうしたんだ?

 ネクターは大袈裟なため息を吐いた。


「やはりこれを作ったのは貴方ですか」


 空気が張り詰める。アリスト博士は口角を上げた。


「おかしいんですよね。騎士団の研究所のように設備が整っていないと、そんなもの作れないでしょう。ヴァンパイアの研究をしている貴方が一番怪しいと思いました」

「待ってください。ヴァンパイアの研究だけではありません。ハーフを救うための研究をしていたはずです。僕はずっと体液を提供してきました。ハーフを救うのに役立ててくれていたんですよね」


 アンディは泣きそうな顔でアリスト博士に訴える。


「アンディのおかげで、こんなに素晴らしい薬ができた」


 アリスト博士は薬を目の位置まで持ち上げて、恍惚とした表情を浮かべる。

 不快感にゾワリと身体中に鳥肌が立つ。思わず腕をさすった。


「そんな……、僕のせいでナージャさんとラフィットさんは亡くなったの?」

「違う。アンディのせいではない」


 ネクターはアンディの思考を遮るように叫んだ。


「おい、アンディはハーフの助けになるならって体液を提供してたんだ。俺の弟に謝れよ」

「感謝している。簡単にハーフの体液が手に入るんだから。私のことを疑っていないアンディは、血液を倍の量取ってもなにも疑問に思っていなかった」

「アリスト博士は王都に来たばかりの時から親身になって話を聞いてくれました。いつからそうなってしまったんですか?」

「いつから? 最初からだが? 身寄りのない子供を信用させるのは簡単だった」


 アンディの心を踏み躙りやがって。絶対に許せない。


「大人しく投降してください。貴方では私たち三人から逃げられません」


 アリスト博士は小さく息を吐き、ポケットに突っ込んでいた手を口元に持っていき、何かを飲み込んだ。


 ネクターがすぐに斬りかかるが、後ろに飛んで軽々とかわした。俊敏な動きに目を見張る。


「まずい。自分でも持っていたのか」

「すみません、匂いに気付けませんでした」


 アンディは下唇を噛み締める。

 薬の匂いは、この部屋の薬品臭にかき消されていたのだろう。


 アリスト博士が苦しそうに叫んだかと思うと、爪と犬歯が伸び、耳が尖る。肌は不健康なほど白くなった。シワがなくなり、肌はゆで卵のようにつるりとしていた。


 オレリアンの証言を思い出す。作り物のように綺麗な顔とはこういうことか。

 五十代のアリスト博士が二十代のような見た目になったことから、連続殺人犯の年齢も不明瞭になった。

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