12 見えない動機
戻るまでにネクターに犯人について聞いてみる。
「ネクターはどう思っているんだ?」
ネクターは硬い表情でしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「私はヴァンパイアではないと思っている。ヴァンパイアに見える別の種族。だがそれが思い浮かばない。ガスパーさんの話とオレリアンの証言で、ヴァンパイアが起こした事件だとはどうしても思えない。……これは私の考えであって、君たちは思考をフラットにして捜査してほしい。パートナーがいて、珍しい黒目をしたヴァンパイアの可能性だってあるんだから」
俺とアンディは頷く。
しばらく黙って歩いていたが、ネクターは途中で進路を変更した。
「執務室に戻らないのか?」
「食堂に行く。昼食にちょうどいい時間だから。食堂は久しぶりに行くな」
ネクターは普段、昼食は外で食べている。
食堂で食べるのは、俺たちみたいな若い騎士が多い。食堂は安くてボリュームもあり、まだ給料の安い若手騎士に重宝されている。
食堂の扉を開き、ネクターが「好きなものを頼んでいい」と言ってくれたから、俺とアンディは食堂で一番値段の高いステーキを選んだ。
エミリーちゃんがステーキやパンをトレーに乗せてくれる。その間ネクターは、エミリーちゃんを凝視していた。
視線に気付いたエミリーちゃんがネクターに目を向けると、ネクターは穏やかに微笑む。
厨房内でざわめきが起こった。
ネクターは二十代で隊長になるような優秀な騎士だ。エルフだからか本人の資質かわからないが、見た目も整っている。三十五歳の今も、女性たちの憧れの的だ。
正直羨ましい。
「エミリーさんですか? アンディがお世話になっております」
エミリーちゃんはキョトンとして、すぐに手と首を振った。
「いえ、お世話になっているのは私の方です」
「アンディは真面目で優しく明るい性格で、とってもいい子なんです。末永くよろしくお願いします」
ネクターは急にうちの子自慢をし始めたと思ったら、エミリーちゃんに頭を下げた。
今度はアンディが無垢な顔で目を瞬いている。エミリーちゃんは顔を真っ赤にして、「え? え?」と慌てふためいた。
ネクターはアンディとエミリーちゃんが付き合っているって勘違いしてたっけ。
料理が全てトレーに乗ると、ネクターが「座ろうか」とトレーを持ち上げる。
「また後で迎えにきますね」
最後にアンディがエミリーちゃんにそう声をかけると、ネクターは生暖かい目で二人を見守っていた。
席に着き、手を合わせて食べ始める。
「アンディ、良さそうな子じゃないか!」
ネクターに満面の笑みで言われるけれど、アンディはなんのことかわかっていないといった表情をネクターに向ける。
「食堂に行くって、エミリーちゃんを見にきたのか?」
「ああ、そうだ。アンディのいい人に一度会ってみたかた」
まだ付き合っておらず、ネクターの勘違いなのだが、はしゃぐネクターが面白いから黙っておく。
「それに、金髪に緑目だと言われていたから気になって。アンディは絶対に彼女を一人で外出させるな」
ネクターは急に真剣な表情で声を落とす。
「もちろんです!」
アンディは背筋を伸ばしてはっきりと口にした。
食事を終えて執務室に戻ると、室内にいたのはルプスだけだった。
「スタンとアンディは資料庫からヴァンパイアが犯人の事件で、血液が目的でないものを持ってきてくれ」
ネクターはそれだけ言うと、ルプスにヴァンパイアについて話した。ルプスはそれを書き起こす。
俺とアンディは資料庫に入った。整理したばかりだから見やすい。
ヴァンパイアについての事件の資料は、暗記するほど読み込んだ。ファイルの背表紙に書かれていることだけで、どんな事件だったかわかるほどだ。
俺とアンディは三つのファイルを引き抜く。そのうちの一つは、父さんの事件だ。
執務室に戻ってネクターに渡した。
「早かったな」
ネクターは怪訝な表情を向けるが、ファイルを開いて中を読み込んでいく。
「俺もアンディも、ヴァンパイアの事件は何度も読んだから。ほとんどが血液が目的で、それ以外は三つしかないけど、今回と似たような事件はない」
「そうだろうな。腹部を切り裂いて眼球を持ち去るなんて、そう似たような事件があっても困る」
ネクターは父さん以外の二つの資料を見終わると、大きく息を吐いた。
「二つとも動機は怨恨だな」
「お父さんのは見ないんですか?」
「君たちの父親の事件は、私もよく覚えているから」
ネクターは資料をルプスに渡す。ルプスも中を読み始めた。
「今回の事件は血液でも怨恨でもない。被害者の容姿だけが共通点だ。もしかしたらオレリアンの聞き込みで繋がりが見つかるかもしれないが、それはみんなが戻ってくるまで待つしかない」
昼の三時になると続々と戻ってきて、全員が集まったところで情報を共有する。やはり三人の被害者に、繋がりは見つからなかった。