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11 ヴァンパイアについて

 騎士団本部の廊下を歩きながら、ネクターに声をかける。


「今から会うヴァンパイアってどんな人?」


「名前はガスパー・デュラン。昔は王族警護を任されていた優秀な騎士だった。だが、王族を狙った爆破事件で片足を失い、今は経理で働いている」


 経理部の扉を開き、ネクターに続いて入室する。

 黒髪で赤眼の五十代くらいの男性ヴァンパイアが立ち上がった。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 すりガラスのパーテーションで区切られて、ソファとテーブルが置かれた休憩スペースに案内される。


 服で隠れているから見えないが、ガスパーさんが動くたびに金属が擦れる音がするから、片足は義足なのだろう。

 ネクターが二人掛けのソファに座り、俺とアンディはその後ろに立つ。


「ヴァンパイアについて話してほしいと連絡を頂きましたが、どんなことを知りたいのですか?」


 ガスパーさんはネクターの正面に腰を下ろした。物腰の柔らかい、落ち着いた声と表情で問う。


「ヴァンパイアは血液を好みますよね。腹部を切り裂いて、大量の血液が流れているのに、摂取しないということはありえますか?」

「僕たちヴァンパイアは誰の血液でもいいというわけではないんです。事件を起こすヴァンパイアのせいで、誰彼構わず飲むという印象が強くなっていますが、愛する相手の血液が一番なんです。事件を起こすのはパートナーがおらず、飢えたヴァンパイアです。僕の妻もヴァンパイアなので、毎日お互いの血液を飲み合っていて、夫婦円満です」

「では今回の事件のヴァンパイアは、パートナーがいるということですか?」


 俺が聞けば、ガスパーさんは小さく首を傾ける。


「そうかもしれないですし、よっぽど理性が強いかだと思います」


 こんな事件を起こすやつが、理性が強いというのが疑問だ。

 俺もヴァンパイアは誰の血液でもいいと思っていた。


 そこでふと疑問が浮かぶ。父さんは母さんの血液なんて飲んでいなかった。人工血液のタブレットを毎日服用していて。


「すみません、ガスパーさんの奥様の髪と目の色を教えていただけますか?」


 ネクターの声が低くなった。女性のヴァンパイアだからか。でも、ガスパーさんの奥さんなら、年齢が合わないと思うけど。


「僕の妻は、髪も目も赤です」


 ネクターは「そうですか」と言葉にして、纏う空気を柔らかくした。


「瞳のことも聞かせてください。ヴァンパイアは赤い目をしているはずです。他の色のヴァンパイアもいるんですか?」


 ガスパーさんは顎に手を添えて、眉間に皺を刻む。目線は少し上に向けられ、思考を巡らせているようだ。


「僕の知る限りでは、赤い目以外は生まれません。……彼はハーフ、ですよね?」


 ガスパーさんは俺の隣に立つアンディに目を向ける。アンディは「はい」と頷いた。


「ハーフでもヴァンパイアの血が流れているから、瞳にそれが出ているはずです。純正のヴァンパイアなら、尚更です」


 どういうことだ? 

 オレリアンが嘘の証言をした? その思考はすぐに首を振って消し去る。

 オレリアンはアンディを拒絶した。それがヴァンパイアに襲われた、何よりの証拠だ。


「ハーフも必ず赤くなるんですか?」


 俺が聞けば、ガスパーさんは首を振る。


「わかりません。僕はハーフに初めて会いました」


 ハーフは一年すら生きられない短命だと聞いている。アンディは本当に珍しい事例なんだ。


「君が本当に望まれて、大切に愛されていたということだろう」


 ガスパーさんの言葉にアンディは目を見開いた後、柔らかく笑った。


「そうだといいのですが」

「あながち間違いでもないかもしれない。ご両親が愛し合っていなければ子供なんて生まれない。ハーフが短命なのは免疫機能が弱いからだ。それを補うほどの愛情を持って育てられたのだろう。愛情を感じると分泌されるホルモンは、免疫機能を高める効果があるとされている」


 ネクターは振り返って、温和な顔つきで目を細める。アンディは潤んだ瞳でとびっきりの笑顔を見せた。


「じゃあハーフの可能性もなくはないですよね」


 黒目のヴァンパイアが犯人であるのは間違いない。


「そうだな、まだわからないが」


 ネクターが、決めつけるのは良くない、と念を押す。


「あの、今回の件とは関係ないかもしれませんが、人工血液のタブレットを服用していれば、目の前に血液を出されても飲むことはありませんか?」


 アンディは父さんのことを思い浮かべているのだろう。父さんのように人工血液のタブレットを飲んでいれば、パートナーがいなくても血液を欲することがないかもしれない。

 だが、ガスパーさんは首を振って否定する。


「それはありえない。人工血液のタブレットは栄養を補うためだけのものだ。血液を摂取したいという欲を抑える効果はない」

「待ってください! 父さんは母さんの血液なんて飲んでいなかった」


 村人たちを殺した時だって、一切血液を摂取していない。


「それはパートナーが人間だったからだろう。吸血行為は人間には負担がかかる。君たちの父親は、理性だけで耐えていたはずだ。愛する人は本当に美味しそうないい匂いがする。君たちの母親が大切だからこそ、我慢していたのだろう。僕たちヴァンパイアは一途なんだ。生涯パートナーを変えることはない。だからこそ、父親は母親の血液を我慢できたのだろうね」


 そうだ。父さんは母さんを本当に大切にしていたし、それは俺とアンディもだ。

 血の繋がらない俺だけど、母さんやアンディと変わらない愛情を注がれていた自信はある。


 だから本当にわからないんだ。父さんがどうして村人たちや、闇商人を手に掛けたのか。優しい父さんしか知らないから。


「あの、それは死別していてもですか?」


 アンディは聞き取れるギリギリの声量で聞いた。


「もちろん。パートナーは唯一無二の存在。死別したとしても、その人だけを思って生きていく。代わりなんていないんだ」


 ガスパーさんの言葉が胸を抉るようだ。父さんは今も母さんを思って、一人でいるのだろうか。俺の父親が亡くなって、母さんを支えたのが父さんだ。だったら父さんを支えるのが俺たちなんじゃないのか。


 もう昔のように、何もできない子供じゃない。父さんに頼ってもらいたい。


「お忙しい中時間を取っていただき、ありがとうございました」


 ネクターは頭を下げると立ち上がった。


「スタンとアンディは他に聞きたいことはあるか?」


 俺とアンディは首を振って、頭を下げた。

 事件に関するヴァンパイアのことはネクターが聞いてくれた。父さんが俺たち家族を愛していたこともわかった。それだけ知れれば充分だ。それ以上聞きたいことが思い浮かばなかった。


「またなにかありましたら、いつでもいらしてください」


 ガスパーさんに見送られ、俺たちは経理部を後にした。

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